3017“もう一つの中国”への旅(旅257)

【知道中国 3017回】二六・六・仲三

  ――“もう一つの中国”への旅(旅257)

 「厳禁賭博」のビラが貼られた山門が閉まっていたので、塀沿いに歩くと運良く通用門が。そこから境内に足を踏み入ったが、気になったのが塀に張られた「通告」だった。そこには、こんなことが書かれていた。

 

――玉皇上帝の誕生日に当たる今月9日、本寺院では祭壇を設け、寺僧衆が大乗の経典を諷誦して、多くの善男善女の家々の無事息災、天候の平安、安らかな国家経営と人民の安心を祈祷します。ついては素食(精進料理)を用意し各界の善男善女に供するので、連れだって参集願いたい――

 

道教的世界観が描く最高神である玉皇上帝(玉帝)の誕生日を観音寺の僧侶が総出で祝賀する。なにやら、いや相当に奇妙に思える行事がラシオ郊外山中のミャンマー最大の中国式仏教医院で行なわれている。考えるほどに不思議と思えるが、敢えて考えるまでもなく、それが彼ら漢族の文化(生き方、生きる姿、生きる形)であることを承知しておけばいいだけの話だろう。

 

ところラシオ探索から6年ほどが過ぎた2013年4月にプノンペンを出発し、ホーチミンを経てハノイへと旅した際、プノンペン(金辺)のホテルで手にしたタプロイド版16ページ『金邊晩報 Phnom Penh Evening Post』で面白い広告を目にしたことを思い出す。

 

同紙最終ページの半分から上に「柬埔寨潮州会館 協天大帝廟 通告」とあり、カンボジア(柬埔寨)在住潮州出身者の同郷組織である潮州会館と彼らの故郷(僑郷)一帯で古くから信仰されている協天大帝を祀る協天大帝廟が共同で故郷伝来の土地神である保生大帝の誕生日祝賀行事、つまり廟会(えんにち)開催について、こう伝えていた。

 

――保生大帝の生誕を祝し、4月24日には潮州会館で福利厚生を担当する福利組が線香・果物・茶菓・鮮花などを捧げます。当日朝8時半から当廟で慶拝儀式をはじめ、併せて故郷の芸能である潮州太鼓を演じ、神に酬います。つきましては関係各位、善男善女に参加を呼び掛けます。共に神様のご加護を願い、聖恩に浴し、富貴安寧・商売繁盛を祈りましょう――

因みに同ページの下半分には、中国製の土木機材やら家電製品の広告が並んでいた。

 

ところで同紙第一面全面は4月20日に発生した四川大地震関連で埋め尽くされているが、興味深いのが下の半分を使った「柬埔寨川渝商会」名義による「致在柬埔寨川渝籍郷親的信」。つまりカンボジアで組織された川(四川)と渝(重慶)出身者の同業組織である柬埔寨川渝商会が、カンボジア在住の同郷に向けて四川地震被害者救済を呼び掛けた公開書簡である。

 

ここから読み取れるのは、すでに2013年段階で四川や重慶から相当数がカンボジア各地に移住し各種商売を営んでいただけではなく、同業組織を運営していたこと。四川とカンボジアが地続きであることを考えれば、四川や重慶からカンボジアへの途中に位置するラオスもカンボジアと同じような状況に置かれていたに違いない。

もちろん江沢民、胡錦濤、そして習近平と続く歷代共産党政権はカンボジアやラオスへの影響力を着々と拡大しているが、このような動きが「熱帯への進軍」で表現できる漢族の歴史的南下傾向と軌を一にしていることを、柬埔寨川渝商会の存在が問わず語りに語っているように思える。

柬埔寨潮州会館での保生大帝誕生日祝賀と、柬埔寨川渝商会による故郷で発生した大地震救済への呼び掛け運動がカンボジアで併存している事実に、時代を超えた組織力の強さを感ずる。それにしてもポル・ポト政権下で根絶やしにされたと伝えられたはずの華僑・華人組織が息を吹き返し活動を再開していたとは。その復元力に驚くばかり。《QED》