3013“もう一つの中国”への旅(旅253)
【知道中国 3013回】二六・六・初四
――“もう一つの中国”への旅(旅253)
昨夜の屋台の店主に教えられた通りに進むと、ほどなく緬甸臘戍明徳(五戒)学校へ。
正門を入るとコンクリート打ちの広い校庭の遙か向こうに反った屋根を載せた宮殿風の建物があり、左右にはコンクリート建ての長い校舎が立つ。さて3階建てだったか、4階建てだったか。記憶は定かではないが、ここで幼稚園から小学校、初級中学、高級中学までを含む2000人余が学んでいる。
校門の脇に立っている守衛に話し掛けると、なにを勘違いしたのか幸運にも先に立って校長室に案内してくれた。改めて姜鴻明校長に来意を告げると、「日本からとは珍しい。なんでも聞いてくれ。今日は新学期前で教科書販売もしている。時間もあるから、後で校舎内を案内しますよ」と。姜校長は概略、こんな話をしてくれた。
――ラシオの人口は10年前は5万人ほどだったが、今や40~50万人に拡大した。その背景として考えられるのは、①一帯で間歇的に発生するミャンマー政府軍と漢族系少数民族武装勢力との戦争から逃れようとする動き。②中国との経済・交易関係の高まりに伴う商機を求めて国内各地や中国からの流入。
我が校は中国式に幼稚園、小学校、初級中学、高級中学で構成されていて、大学進学希望者は台湾か中国の大学に留学することになる。園児から高級中学生まで2000人前後が学んでいるが、中国系の教育を施す同規模の学校はラシオには他に数校ある――
ここでカリキュラムについて尋ねると、校長は書棚に並んでいる幼稚園から高級中学までの教科書を次々に取り出し、口角泡を飛ばしはじめた。校長の話に耳を傾ける。その一方で差し出される教科書のページをパラパラと追いながら、この学校では台湾で国民党政権が行なってきた《台湾(中華民国)=中国》を根底にする“幻想の教育”が行なわれているではなかろうか、とフト感じた。
たとえば『地理』では、南京こそが中華民国の首都であり、そこで首都でない北京は飽くまでも北平と記され、「チベット、新疆は共に中華民国の神聖な領土」と明確に謳われている。
興味深かったのが『歴史』の内容だ。「石器時代」「黄帝堯舜」からはじまり「明清末期」から「中華民国成立」まではなんとか理解できるが、その後がどうにもイタダケナイ。なにせ「北伐統一と対日抗戦前後の混乱」「国共和戦と大陸の変色」「中共統治下の大陸」「復興基地の成功と展望」とくるわけだから、現実無視で時代錯誤も甚だしい。やや辛辣に表現するなら、飽くまでも時計の針を逆回ししようという意図、いや歴史というより“願望物語”ではないか。
この学校の教科書は基本的には台湾の公立学校で使われているものであり、出版元は台湾の教育部に置かれ学術・教育関連の書籍を出版する国立編訳館。しかも全冊が台湾版のオリジナルをコピーしたものだ。なぜオリジナル版を使わないのか。校長は「資金面でも人材面でも独自の教科書を用意できるほどの能力はない。そこで致し方なく、台湾版のコピーを使わせてらっている。苦渋の選択です」と。
それにしてもミャンマー東北辺境に位置する山峡の街で漢族系のための学校において、台湾で国民党政権下の教科書が使われ、反共カリキュラムで教育が行なわれていたとは新鮮な驚きでもあった。あるいは緬甸臘戍明徳(五戒)学校は、世知辛く騒がしいばかりの世の中とかけ離れた一種の桃源郷と見なすこともできそうだ。
とはいえミャンマー色が見当たらないわけではない。開巻第1ページに「仏、法、僧を三宝と称す」と記された小学校低学年用『仏教教科書』は、「不殺生・不偸盗・不無礼・不妄語・不飲酒の五戒は仏を学ぶ者が守るべき根本道理」で締め括ってあった。《QED》
