3003“もう一つの中国”への旅(旅243)

【知道中国 3003回】二六・五・仲二

  ――“もう一つの中国”への旅(旅243)

なぜ、こんな辺鄙な場所に国軍最高エリート教育機関が置かれているのか。ザウさんに拠れば、これから先は、かつて少数民族反政府勢力の活動が猖獗を極めた一帯であり、ラシオは緬共、つまりビルマ共産党の最後の拠点だった。そこで、一帯に国軍の影響力を及ぼす同時に、ミャンマー東北部を押える戦略拠点であるこの地に士官学校が置かれた、とのことだった。

塀越しに校内に目を遣ると、エリート軍人の卵が整然と隊伍を組んで行進していた。分列行進の訓練中といったところか。

道行く人を仔細に眺めていると、またまたザウさんが、「アレがインド系で、こっちがネパール系。向こうの人はムスリム系だ。宗教もインド系カトリックにネパール系ヒンドゥーなど。多種多様だ」と。やはり、ここでも他民族混交社会は変りがなさそうだ。

暫く進んで街道沿いの量り売りガソリンスタンドで小休止。働き手はインド系。やってきた小太りの物売りバーさんを指して、ザウさんは「果敢族に間違いないから話し掛けてみたら」と。

そこで声を掛けると、みごと会話成立。ザウさんのいった通り彼女は果敢族で、ここまで出稼ぎにやって来ているとのこと。そうこうしていると大型ランドクルーザーが停車し、中から40歳前後と思しき西洋人の男女とミャンマー人運転手が。屈強な体つきの運転手は、どうやらボデーガードも兼ねているらしい。英語の単語を思い浮かべながら2人の西洋人に尋ねると、ドイツ人地質学者を名乗った。この一帯の地下に豊富に眠っている貴重な鉱物資源(いまでいうなら「レアーメタル」といっただろう)の探査旅行中だ、と。

軍事独裁制裁反対だの、アウンサンスーチーを救えだの、民主派を支援せよだのと欧米や日本のメディアが反国軍・民主化支援キャンペーンを強力に張っていた時期なのに、ドイツは着々と地下資源調査である。これが国際政治の現実というモノだろうが、それにしてもドイツはセコい、いや国益に忠実だ。

さらに進む。メーミョーから東に走ること70kmでゴッティ渓谷に突き当たる。渓谷の一方の断崖の頂点に立つと、曲がりくねった二車線の道路がクネクネと崖を下っている。右手の遙か前方に、マンダレーからラシオを結ぶ国鉄ラシオ線最大の難所であるゴッティ大鉄橋が目に入った。橋梁の全長は689mで高さは102m。1899年4月にペンシルバニア・スチールが着工し、1900年1月に開通している。

もちろんイギリスは鉄道をラシオから先に延ばし雲南を窺う。これに対しフランスは殖民地にしたヴェトナムの北部と雲南を鉄道でつなげる。イギリスは西南方面から、フランスは東南方面から、ともに雲南を橋頭堡に中国利権を狙ったのである。

フランス側の目論見は滇越鉄道(「滇」は雲南、「越」はヴェトナムを指す)として運行されたが、イギリス側の狙いは外れてしまう。雲南省と東南アジア大陸部を鉄道で結ぼうという英仏両国の狙いを、逆方向――つまり雲南から東南アジア大陸部――で進めているのが、習近平政権下で進められている泛亜鉄路建設、いいかえれば東南アジア版一帯一路といえるだろう。

いわば19世紀末期の英仏両国の狙いを逆方向に辿ろうというのが泛亜鉄路建設で、雲南省の省都である昆明を起点に、中線がヴィエンチャン(万象)を経てタイを一気に南下してバンコク(泰都、盤谷、曼谷)へ。東線がハノイ、ホーチミン(胡志明)、プノンペン(金辺)を経由してバンコクへ。西線がマンダレー、ヤンゴン(仰光)を経てバンコクへ。以後、バンコク、クアラルンプール(吉隆坡)を経てシンガポール(星洲、新加坡)へ。なお中線のうち昆明⇔ヴィエンチャン間の中老鉄路は2023年4月に開通。《QED》