3078 “もう一つの中国”への旅(旅316)
――“もう一つの中国”への旅(旅316)
仁井田は説く。
「中國のギルドつまり地域的な同業仲間の『合同行為』によって結ばれた仲間組合は、行〈ハン〉とか行會〈ハンフイ〉とか或いは帮〈パン〉(幇・幫)などといわれるが、これも前記の社会集団の埒外のものでは勿論ない。幇ということそれ自體すでに『互助』を意味する。しかもこの互助結合たるギルドには血縁關係との重なり合いをもった場合がある。〔中略〕然し二重結合として中國に普通見られるものは地縁(同郷)關係との重なり合いである。そしてしつこい地縁關係のからまりつきのため、その仲間的結合が特に強化されている場合がすくなくない」と説き、さらに続ける。
「その仲間的結合が特に強化されている」仲間と、それ以外の人々との間の利害関係については、「同族といわず、同郷といわず、同業といわず、これら集團にあっては、利己的であり、排他的傾向が強い。親愛や信義や誠實の徳目は、これら集團内部の自己と等質對等と思う相手に對しては守られはするが、集團を外した不等質、不對等と思う相手に對しては往々見捨てられ勝ちである」。それというのも「仲間の外は場合によってはかたきでさえある」からだ。
これを要するに、同郷であれ同業であれ、ましてや同姓(=宗親)であれ、《自己人(なかま)》に対しては「對内道徳Binnenmoral」が心地よく効率的に機能するが、《自己人》ではない他人に対しては「對外道徳Aussenmoral」が冷酷・峻厳に働くということ。つまり《自己人》以外は信用ならないのである。
このような仕組みが生まれた背景を仁井田は、「凡そ國家が十分な政治力を持たず、法的な保護機能の役割を完全に果たしえない時代、又、果し得ないでいるときには、人民はそれに比例して他にその利益を守り、利益を發展させる機構の必要に迫られる」からであり、「中国においてはその政治はきまぐれであり、人民の保護のためには――全然とはいわないが――十分に働かない」から、と推測する。
かくして「人々にとって最もたよりにし期待し勝ちなものの一つは、自己とその身を寄せる集團の實力である。集團をこえた高い立場を考えるどころか、自己の集團を守ることに專念しがちである」となるわけだ。
ということは、中国においては「凡そ國家が十分な政治力を持たず、法的な保護機能の役割を完全に果たしえ」ないし、「政治はきまぐれ」だから、人民は《自己人》で徒党を組み集団を形成し、「その利益を守り、利益を發展させる機構」を発明したということになるらしい。いや、きっとそうだ。そうに違いない。やはり必要は発明の母なのだ。
ここで唐突だが、文革時代に戻ってみたい。それというのも、後に「大後退の10年」と総括されるあの時代においては典型的に「政治はきまぐれ」であり、それゆえに「凡そ國家が十分な政治力を持たず、法的な保護機能の役割を完全に果たしえ」なかった。そこで存分に発揮されたのが「對内道徳Binnenmoral」であり、「その利益を守り、利益を發展させる機構」が動いたと考えられるからである。
以下、『文化大革命 人民の歴史1969-1976(上下)』(F・ディケーター、人文書院、2020年)から、いくつかの事例を引用しておく。
●「革命の聖地」と讃えられていた延安では、1970年代前半には「成熟度の高い闇市場が繁栄」していた。それを差配していたのは地元幹部で、「村民たちは政治にはまるで関心がないようだった」。もはや延安の住民に文革は無意味だった。
●延安近くの洛南県では「県内全域の人民公社が共有財産をすべて分割し、各家が生産責任を負うかたちに戻し」、「闇市場で高く売れる作物を栽培するようになった」《QED》
