3067 “もう一つの中国”への旅(旅305)
――“もう一つの中国”への旅(旅305)
すっかり忘れていたようだが、やはり本題はヴェトナムでの旅でした。
ホーチミン郊外で訪れた工業団地では、進出している台湾企業関係者からヴェトナム人は一般に語られているほどには勤勉ではないという話を聞かされ、改めて驚いた。それというのも世界最強のアメリカ軍を相手に戦い抜き、手作りのチャチで超アナログな兵器で最前線のアメリカ軍兵士を存分に翻弄し深い恐怖に陥れる一方、銃後のアメリカ社会で厭戦・反戦ムードを醸成し、ヴェトナム戦争を勝ち抜き「民族解放」を達成したではないか。ヴェトナム人はかくも勇敢で勤勉で忍耐強く民度が高い、とメディアが異様な熱度で伝えていたからである。ここでも、日本のメディアが日常的に繰り返す根拠薄弱でイメージ先行の煽り報道を受け入れてしまう日本人一般の悪癖が禍していたということだろう。
訪ねたIDICO工業区はホーチミンの中心より50キロほど郊外にあった。ここにはYKKはじめとする30社ほどの日本企業に加え、台湾、韓国の企業などが進出していた。隣接する広大なシンガポール資本の工業団地では、シンガポールを主に日本、韓国からの企業が操業中とのことだ。
見学したのは中国では江蘇省を中心に主として溶接資材を製造している台湾の中堅企業。チャイナ・リスクに加え、①成長過程にある南アジア市場に近接。②人件費が安価。③従業員の定着率が安定。④外国人投資家を優遇――などの点から、もう一つの製造拠点が必要との判断に基づいてヴェトナムにも手を伸ばしてみた、との説明だった。だが、中国市場を見限ってヴェトナムへの進出に踏み切ったわけではない。アッチがダメだから直ちに全面徹底してコッチに切り替えようではなく、アッチも残して将来の可能性を温存したうえで、コッチを試してみるか、である。短兵急と短慮は最悪の選択を招きかねない、というのが彼らの経営判断らしい。
台湾から派遣された社員は若く、総務と技術担当の総計で5人。この若い5人で、200人ほどのヴェトナム人労働者を技術指導し管理する。労務管理上の問題点を尋ねると、「本土の中国人より怠け者だ。中国人と較べ生産性は3分の1前後」との答が、打てば響くように返ってきた。そこまでの違いはなかろうにとは思ったが、彼らの話の端々からヴェトナム人を下に見ている雰囲気はアリアリ。
そんなグータラなヴェトナム人の管理方法や付き合い方を事前に台湾で学んで来たのかと質問すると、「じつは広西チワン族自治区でヴェトナム系少数民族を10人ほど採用して連れてきて、中間管理を担当させている。彼らを介在させ緩衝役を果してもらうことで、ヴェトナム人従業員との摩擦・誤解は相当程度に解消可能だ」と返ってきた。
中国沿海部の最南端に位置し、ヴェトナムと国境を接している広西チワン族自治区。そこに住むヴェトナム系中国人は中国語とヴェトナム語の「二つの母国語」を持ち、双方の言葉をOSとする立ち居振る舞いを身につけている。こういった人材を活用できるのが台湾企業の強み。たしかに、この種の雇用方法は日本企業にとっては容易ではないだろう。
中国からヴェトナムに転進した台湾企業関係者との僅かな話し合いから考えたのは、彼らの経営判断の根拠だった。台湾海峡を挟んで政治や経済だけではなく、歴史や民族という企業経営のリクツだけでは計り切れない様々な要素が絡み合っている。「血は水より濃い」が、そのことを簡便直截に表現しているに違いない。
そこを巧みに利用し、鄧小平は「愛国同胞」という複雑微妙な物語を説いた。「愛国」の「国」は中国だが、必ずしも中華人民共和国である必要はない。文化のうえでの中国であっても一向に差し支えない。「国」の1文字に「双贏(ウィン・ウィン)関係」の妙味が隠されている。実利さえ見込めるならリクツは後から付いてくる、である。《QED》
