2998“もう一つの中国”への旅(旅238)
【知道中国 2998回】二六・五・初二
――“もう一つの中国”への旅(旅238)
チューダー様式の豪邸の建ち並ぶ住宅地を後にラシオへ向かう本街道に出ようとすると、畑の中に竹で編んだ壁面に草葺きの家が目に入った。入り口の両側と軒の部分に長い赤い紙が貼られ、そこに金色の漢字らしきが。そこでザウさんに車を止めてもらって、畑の道を急いだ。
正面は8mほどで、奥行きは2mほど。正面中央部に入り口があるが、それ以外の窓に当たるような開口部は見当たらない。家に近づくと文字がハッキリと読める。入り口の右脇が「春風春雨春色」、左脇が「新年新歳新景」で、軒の下には「迎春接福」。どれもこれも春節を寿ぐオメデタイ言葉ばかり。どう考えても住人は漢族だろう。さては、と心躍らせて中を覗く。薄暗がりのなかに1歳前後の裸の男の子を抱いた40歳前後と思える男がニコニコと微笑んでいる。足許には4、5歳の男の子が2人。
入った正面の壁の真ん中に掛かっている40cm×30cmほどの額縁は赤地で、「天地君親師位」の6文字を真ん中にして、「招財童子」「利市仙官」「根深枝茂」「源遠流長」「祖德光前流芳遠」「宗功裕後世澤」、さらに「集善之慶」「必有家餘」「金運滿堂」「恭賀發財」などのオメデタイ文句が銀色の文字でギッシリと書かれている。祖先を敬い子孫の繁栄を「天」と「地」と「君」と「親」と「師」に願うといえば聞こえはイイが、とにもかくにも福(子だくさん)・禄(豊かな財産)・寿(長寿)。世代を重ねて血縁をつなぎ、一族の系譜を貫く繁栄への願い。かくて浮かび上がってくるのは現世利益の4文字か。
額縁の前に置かれている線香立ては金色で、線香が点されている。
そこは土間で、部屋の隅には小石を組んだ竈があり、煤けた鍋が掛かっている。壁の棚には調味料らしきビンが並んでいる。台所兼客間だろう。土間の左は竹の壁で仕切られ、カーテンが掛かっていて中をのぞけないようになっているから、おそらく寝室兼寝室になりそうだ。
ザウさんに通訳を頼んだが、どうもサッパリ要領を得ない。どうやら言葉が通じないらしい。そこで中国語で尋ねると、なんとか会話が成り立った。これでヒト安心。
失礼とは思いながらも、ここに書かれたこの文字が判るかと尋ねると、「書けないし、読めない。春節を祝う飾りであることは判るから、街で買ってきて飾っている」と。続けて「お爺さんは雲南省からやって来た。去年、山の方から下りてきたが、まともな仕事がない。いまは女房の稼ぎでなんとか食べられている。息子たちの教育を考えればアタマが痛いばかりだ」
そろそろ切り上げる時間とザウさんが急かす。そこで最後の一問を。「いったい、あなたは、なに人ですか」と尋ねてみた。すると、「さて、なに人だかサッパリ判らないし、そんなことはどうでもいいことだ。ただお爺さんの生まれた雲南省に行ってみたいが、なんせ貧乏だから・・・」
改めて額縁に目をやると、「宮音天水郡賽氏宗祖之香位」の文字が見えた。この12文字から判断するなら、彼は天水郡をルーツとする賽さんで、正式には天水郡を本貫とする賽氏一族の一員、ということになる。ところで天水郡は雲南省にはなく、雲南省の北の四川省の、もう一つ北の甘粛省東南部に位置する。そこで、こう考えてみた。
いつの時代かは不明だが賽さんの遠い祖先は新しい生活空間を求め甘粛省天水郡を出て南下し、四川省へ移住。やがて雲南省を経て中国辺境の山間部に移り住んだ後、中国を離れメーミョー郊外の現在地に落ち着いた。考えてみれば、中国本部のどこかから天水郡に移ったに違いないから、賽一族は中国本部某地⇒甘粛省天水郡⇒四川省某地⇒雲南省某地⇒メーミョー郊外農村といった旅路を、何世代か掛けて辿ったのだ。《QED》
