【知道中国 415回】 一〇・七・仲一
――「一国両制」から「一国一制」へ
1997年7月1日、香港は特別行政区として共産党独裁体制下の中華人民共和国に組み込まれた。「香港の死」を危惧する欧米のメディアに対し、鄧小平は「50年間は香港の繁栄を維持する」と啖呵を切った。それを保証するために、鄧小平は「一個国家、両種制度」を“発明”した。返還からすでに13年余り。この制度は、総体的には当初に危ぶまれたほどの破綻を見せることなく機能している。それが証拠に、香港は相変わらず香港だ。
だが最近、「一国両制」の根底を揺さぶりかねない動きが見られる。「一国両制」から「一国一制」へ。とはいうものの、とりたてて慌てるほどのことではない。あの世の話だから。
広東省第二の都市である仏山行きの定期バスは、香港の中心街の数ヶ所から一日30便ほど出る。快適なバス・シートで揺られること2時間半ほどで、仏山郊外の南海華僑永久墓園に到着する。広大な前庭を過ぎ階段を上ると、そり反り返った壮麗な屋根を戴く華安堂と名づけられた白亜の霊堂が姿を現す。その背後に広がる千畝(一畝は約 平米)を超える霊域は「典礼の規則を遵守し、山川の勢いを見事に組み合わせたもの」であり、「清浄で幽玄、山は青く水は澄み、入日は湖面を赤く染めあげる天然の美景」。風水師によれば「この地は龍の気を湛えており、子孫に限りない福を授ける至宝の地」だそうだ。
専門の管理部門は24時間の巡回を実施し、品質・環境・安全のISO認証を取得している。棺の運搬から、安らかな埋葬、墓碑の建立、墓地の安全管理まで一貫して徹底した管理を徹底しており、衛生管理と緑化維持には万全の体制で臨んでいる。
墓穴、墓碑、10年分の管理費、埋葬まで、遺骨なら6,180元。棺なら約10倍の67,600元。これが最低価格とか。現在の中国では基本的には火葬が奨励されているはずだが、やはり伝統に則って断固として火葬を拒否する遺族もいるようだ。一党独裁も、あの世までは貫徹できそうにない。もっとも四旧(旧思想・文化・風俗・習慣)の打破が叫ばれた文革の時代にも、紅衛兵ですら親族の火葬に断固として抵抗した例が報告されているほどだから、やはり伝統の持つ力は毛沢東思想をしてもどうにも崩せなかったということだろう。
さて、ここからが「一国一制」である。但し、あの世で。
香港の住人で中国大陸滞在中に亡くなった場合、親族は先ず墓園に出向いて墓地の場所を選び風水を見る。次いで広東での埋葬申請書に必要事項を記入し、死亡証明書、死者の身分証などを添付して広東省政府の民生部門に提出する。以後は墓園が代理して処理するが、広東省政府からの広東での埋葬許可証を受け取って埋葬が可能となる。これに対し、香港、マカオ、台湾、または海外で亡くなった場合、墓地の選定から埋葬許可証受領までは同じだが、香港にある広東への遺体移送事務所で香港からの遺体搬出許可証を得て後、香港の葬祭業者に依頼して遺体を運搬し、香港・広東間の検疫所を経て、埋葬可能となる。
かくて香港、マカオ、台湾、海外各地、もちろん中国本土でも、生きてきた場所は違えども、あの世を共にすることとなる。あの世という「一国」では「一制」なのだ。
バンコクのチャイナタウンで貰った南海華僑永久墓園業者の広告の隅に大きく「特色服務」と書かれ、「(当方)臨終を看取る専門の服務部門あり。お亡くなりになられる方が安心して息をお引き取り戴くことは可能。親族の方もご安心下さい」との説明。このように具体的で明らさまで徹底してドライなサービスに、日本人は耐えられるだろうか。 《QED》