【知道中国 1079回】                       一四・五・仲六

――「そして治療は労働者は全部無料ですよ」(木下7)

「近くて遠い国、北鮮」(木下順二『世界の旅 8』中央公論社 昭和38年)

 

ここで、再び木下に戻る。

 

木下は座談会に出席している20歳前後の娘たちから、「一人一人手短に身の上話」を聞いた。金日成の大ウソにすっかり騙され、金王朝の奴隷と化し、油まみれになって働いている彼女らは、「ほとんど例外なしに、解放前の貧農の娘さんたち」だったそうな。

 

たとえば「眼の前で両親を、アメリカ兵と韓国治安隊員に殺されたという十九の少女」がいたが、その「十六と十五になる彼女の弟たちは、今それぞれルーマニアと中国へ勉強にやってもらっているという」。また「一九五〇年にこの北部に来て、いま模範労働者と幸福な結婚をしているという人」もいたとのこと。

 

忠実な自動筆記機と化した木下は、座談会での話を記し続ける。

 

彼女らの「現在の境遇は、客観的に見てたしかにきわめて恵まれたもの」であり、「みな寄宿舎にはいっているが、食費と日用品が全収入の大体二〇パーセント強。あとの八〇パーセント弱は使いようがないから結婚のための貯金と家への送金にあてている」。「国家から無償配給が、年間作業靴と作業着四、ふつうの服二、それにふつうの靴がつき、ほかに軍手十二、石けん十二というのです。地下工場であるゆえに、給与はほかより三〇パーセント多く、そして毎月牛肉一キロ、油二キロの特配がある」だけでなく、さらに生産現場では労働者の「改良創意に対して奨励金が出される」

 

まさに至れり尽くせり。金日成の北朝鮮を“地上の楽園”とは、よくぞいったものだ。しかも、である。いうに事欠いてか木下は、娘たちの話を「嘘だと思えません」と自信を込めて記す始末だ。だが、それしても、収入の20%だけで生活が維持でき、残りの80%を貯蓄やら親元への送金に回せるなどとは荒唐無稽に過ぎやしないかい。ウソも程々に。

 

ここで疑問が2つ。先ずは戦争が終わって米軍の爆撃がなくなったわけだから、地下工場を維持すべき特段の理由はないはず。加えて「地下工場であるゆえに、給与はほかより三〇パーセント多」ということは、単純に考えて生産コストが30%余計にかかる。つまりムダということ。ならば、工場設備を地上に移しコスト削減をすべきだと思うが、これも「金日成首相のことばを守れば必ずいい結果が生めるという確信」のゆえなのか。

 

次の疑問は、北朝鮮が金日成時代の“地上の楽園”から、息子の金正日や孫の正恩の“生き地獄”に転落してしまった原因である。だが、この疑問はそもそも最初から成り立たない。なぜなら、金一族がでっち上げた北朝鮮は最初から“生き地獄”だったからである。であればこそ、日本社会に“地上の楽園”のイメージを振りまく詐術に加担した木下の罪は重い。いや永劫に消えない。

 

「ぼくが日本の事情を少し話し」た。「その中で次の二つのことが、彼女らは全く理解できずにキョトンとしていた」そうだ。「一、日本の紡績の娘さんたちも、ほとんどが貧しい農家から来ているが、自分たちの貧しさを恥ずかしいこととしてお互いにかくしあっている」ことであり、「二、日本の女子労働者のなかからは、一台の機械でつながっているグループが、協力してわからないように能率をさげるサボタージュというケースも生まれて来ている。――この話はてんきり分らない。何となれば、能率をあげることこそが、彼女ら自身の利益でもあり国家の利益でもあるからだ」と、木下の性懲りもないデタラメが続く。

 

このように書き写しながら腹立たしくもあり、虚しくもなる。というのは、この文学者のカンバンを下げた木下というゴ仁は、外国、しかも北朝鮮というデタラメ独裁国家にノコノコと出かけて行って、何が憎くて、かくも日本を蔑む発言を繰り返すのか。その辺りの木下の性根が「てんきり分らない」。北朝鮮に籠絡された・・・そうに違いない。《QED》