【知道中国 408回】 一〇・六・念五
――「和諧動遷」は、もう一つの現実を語る。
愛国主義教育基地探訪(4-16)
街舞、つまり街頭での踊りといえば、やはり思い出されるのが文革時代の「忠字舞」だろう。毛沢東への心からなる忠誠を全身全霊で表現しようと、紅衛兵は街頭で「忠」の字を描くように踊ったのだ。形振り構わぬ、死にもの狂い、狂おしいばかりの忠誠競争だった。とんだストリート・パフォーマンスだが、いま孫呉で街舞を習おうなどというような若者たちの爺さん婆さんたちが、忠字舞に血道を挙げた世代に当たるだろう。
敢えて分けるなら、老年世代は忠字舞に、壮年世代は向銭看(カネ儲け)に、そして青年世代は外国からやってきた街舞に・・・世代は異なれど、狂喜乱舞に変わりはない。
再びぬかるんだ小道を歩く。両側は木造住宅とはいうものの、バラックとしかいいようがないほどに粗末な造りだ。板壁に孫呉県城鎮建動遷弁公室の新聞紙1ページ大の「通告」が見える。城鎮建動遷弁公室とは、県政府内の市街地区域再開発室とでもいうべき部署か。通告の最下欄に記された「二〇一〇四月二七日」との日付からして、張り出されて間もないようだ。
ところで肝心の通告内容を見ると、「孫呉県海山房地産開発有限責任公司が県発展開発委員会、国土資源局、企画弁公室の許可を得て、当地区一帯の再開発を進め、孫呉県豪盛華苑区を建設するため該当する地区の住居の解体、転居を実施する。当該住宅の解体・転居作業の円滑なる進捗を期すべく、関連法規に基づき4月28日に不動産評価登記を行い、併せて当該住宅に対しては黒河整平房地産估価公司による評価を実施し、孫呉県豪盛華苑区に評価相当価格の住居を供与する。ついては房屋産権証照、土地使用証、住宅に関連する資料を整え、調査登記作業に向けての準備を願う次第である」――これが概要だ。
これをそのまま読めば、海山房地産開発という不動産デベロッパーがこの一帯の再開発プロジェクトを受注し、孫呉県豪盛華苑区という名の高層住宅地区を建設する。この地域に住んでいる住民の立ち退きに当たっては、黒河整平房地産估価が不動産の資産価値を評価し、新築される高層住宅に住民が現に使用している不動産価格に応じた広さの住まいを分譲される――ということになる。
隙間風が吹き抜けるような板壁のバラック然とした住まいから、まがりなりにもコンクリートの高層住宅に転居できるのだから万々歳のはずだが、その隣にわざわざ赤地に白字で「和諧動遷 改善住居環境(穏やかに転居し 住居の環境を改善しよう)」と書かれた大きな幕が張られているところをみると、転居は必ずしも「和諧(なごやか)」に進んでいるというわけでもなさそうだ。
海山房地産開発と県当局者と黒河整平房地産估価の3者がグルになっていたとしたら、「和諧動遷」は望むべくもないだろう。県当局者が海山房地産開発に手心を加えて都市再開発の権利を与え、黒河整平房地産估価が不動産価値を故意に安く評価することだって考えられない訳ではない。最悪の場合、住宅を明け渡したはいいが評価額が低すぎて新居への入居ができなくなることだって考えられる。となれば、泣くのは家を明け渡した住民だ。
はたして住民が「和諧動遷 改善住居環境」などという“大義名分”を真に受け、業者の言い値で唯々諾々と家を明け渡すだろうか。そんな訳があろうはずもなかろうに。 《待続》