【知道中国 383回】 一〇・四・念六
――これもまた荒唐無稽の“トンデモ本”でした
『禍水東引話当年』(郭季竹 上海人民文学出版社 1974年)
「禍水」とは世間にとっての凶事を指す。火徳を以って王朝を樹立した漢室にとって水は禍をなし、漢王朝を滅ぼすと信じられていたことが語源。一般には女性を喩える。
第一次大戦後の世界の秩序を定めたベルサイユ条約をテコに、欧米独占資本はドイツに対する資本の輸血をはじめる。ドイツを反ソの砦とするためだ。ヒトラーの登場は、まさに欧米独占資本からするなら願ったり叶ったりであり、ドイツ軍の整備・軍拡のために様々なテコ入れを行った。ヒトラーのドイツによるスペインへの武装干渉を黙認し、オーストリア占領を認め、ミュンヘン危機に際しては密かにヒトラーを手助けまでしている。ヒトラーを唆しチェコスロバキアを分割させたのは、アメリカ帝国主義だった。
だがヒトラーは欧米独占資本の手綱を断ち切り暴走し始める。フランスを投降させ、イギリスを爆撃し孤立させる一方、攻撃の矛先を突如として東に転じた。41年6月に独ソ不可侵条約を破って大軍を以ってソ連国境を突破しスターリングラードに襲い掛かるが、スターリン指揮下のソ連人民は困難のなかで反抗を開始し、42年2月初、ドイツ軍を完膚なきまでに破り壊走させる。これを機にファシストの軍靴に蹂躙されてきた各国人民が次々に立ち上がり反撃を開始。ベルリン陥落前夜、ついにヒトラーは自殺する。世界を足下にひれ伏させようと妄想したファシスト強盗は自らの運命を逃れることはできなかったのだ。
以上が、この本の概要。だが、筆者の狙いはヒトラーの悪魔的犯罪を細大漏らさずに羅列し、告発するところにあるわけではない。じつは、この本が出版された当時のソ連の最高権力者であったブレジネフをヒトラーに喩え、彼に率いられたソ連社会帝国主義こそが「今日の世界における禍水である」ことを論証しようというのだ。
以下、やや強引だが、この本の狙いを整理してみると、「ソ連修正主義叛徒集団は党と国家の指導権を簒奪し、社会主義ソ連を社会帝国主義国家に堕落変質させた。ソ連社会帝国主義は軍事力を急激に拡張させ、帝国主義による世界の分割競争の戦列に馳せ参じ、アメリカ帝国主義と共に世界に覇を唱える。アメリカとソ連の二つの覇権勢力は両側から肉を挟んだパンのようなものであり、世界の至るところで肉を喰らおうとする」。つまり、ソ連帝国主義はアメリカ帝国主義と結託して世界の分割を進めているというわけだ。そこで、「美味しい肉の塊で、誰でも食べたくなる」中国が登場してくる。
とはいうものの、中国という肉は「とても硬く、長い年月をかけても誰も食いちぎることはできなかった」。いまソ連修正主義は、かつてのヒトラー・ドイツが東を撃つと見せかけ西を攻撃したように、ヨーロッパに覇を唱え、地中海やインド洋はじめ世界各地で弱肉強食の蛮行を繰り返す。さらに「西側はソ連修正主義を東に向かわせ、この“禍水”を中国に引き入れ、西側に戦争の危機をなくし太平の日々を送ろうとの幻想を抱」き画策する。
いま西側がブレジネフ修正主義集団を唆して進めている反中策動は、かつてヒトラーを利用してスターリン指導下のソ連に反対しようとした政策と同じで、必ずや失敗する。これこそが歴史の教訓である。かくて、中国人民は、西側とソ連社会帝国主義の野望の本質を認識し「警戒を厳重にし、戦争への備えを怠るな」ということになる。
あれから35年ほど。「今日の世界における禍水」は・・・いうまでもないだろう。 《QED》