【知道中国 345回】                           十・一・三〇

――“在タイ中国総督サマ”の有難いオコトバ

1月22日、タイ華僑・華人社会の頂点にある泰国中華総商会の高層ビルで主席以下幹部の交代式典が行われた。顔ぶれはほぼ同じだが、21期役員が任期を終え、次期2年間の運営を担う22期へとバトンタッチされたわけだ。

 式典が始まると、全員が会場に据えられたタイと中国の両国国旗に向かって恭しく頭を下げる。次いで会場正面の壁面に飾られたタイ国王・王妃夫妻の写真に向かって、更に深く腰を折って敬意を示す。タイでは国民的尊敬を集めている国王・王妃の写真が公の場所に掲げられているので、ここまではタイでは日常的な風景といえるだろう。だが、ここからが些か、いや大いに違う――と大声をあげたい気持ちは山々だが、最近のタイにおける《中国の存在感》を考えれば、見慣れた風景になりつつある。じつは、そこが問題なのだ。

 交代式典の見届け人として列席――いや、「ご臨席を賜った」とでも表現すべき雰囲気で駐タイ中国大使が登壇し、長広舌をはじめた。その姿は、かつて訪日した江沢民が日中関係を「たいへんよろし」と日本語で評したような“上から目線”そのものだった。

 大使は「ここ2年、呉宏豊主席以下の中華総商会幹部の適切な指導によって、各種の事業は長足の発展を遂げ、そのすべてが大変すばらしい成績を挙げている」と切り出し、“勤務評定”を始めた。彼は、①総商会の規約を改め、任期内に役員がなすべき事業を定め、総商会の永続的発展のための基礎を築いたこと。②在タイ華人社会全体への奉仕を進め、「和諧僑社」実現のために重要な働きをみせたこと。③大使館と密接に連携し、中国国内で発生した大きな自然災害に対し積極的、かつ効果的な働きを行ったこと――以上の3点を“嘉“としたのだ。まさに、「たいへんよろし」である。

 これを解説すると、①は中国政府にとって不都合な役員の排除を意味する。②の「和諧僑社」だが、胡錦濤が打ち出したスローガンの「和諧社会」を援用したもの。「僑社」とは、いわば華僑・華人に加えて中国からの新しい移住者を加えたタイ在住の漢族系社会全体を指す。大使が胡にゴマを擦ったとも考えられるが、タイの「僑社」も胡の説く「社会」の内側に在る、いわば中国社会の一部と看做しているともいえる。
ならばゴーマンが過ぎる。

 21期役員任期の中で、08年には春先に湖南省を中心とする南方で大雪害が起こり、5月は四川大地震だった。中華総商会は直ちに義捐金を送ると共に被災地の求めに応じて大量のテントを持参して現地入りしている。「バンコクでの北京オリンピック聖火リレー防衛に当たって総商会は万全の態勢で臨み、大成功に終わらせたことで、内外から大いに賞賛を受けた」と大使。これまた「たいへんよろし」である。

 09年には総商会主催で9月19日と20日の2度にわたって建国60周年記念式典が行われたが、参加者は8000人と12000人で大盛況。「熱烈なる会場の雰囲気は、泰華社会の空前の団結と強大な力量を内外に誇示した」と大使。またまた「たいへんよろし」である。

 次いで挨拶に立った総商会主席は大使の“督励”に応えるかのように、「大使館の全面的なご指導とご配慮を賜り、両国の友誼と経済交流の深化に尽力し、中華文化を広め、中国の和平統一を促進すべく効果的な工作に努めます」と。タイ経済の根幹を握り、中国進出に努める超大物華人系企業家たちが陪席し、恭しく耳を傾けた。「たいへんよろし」だろう。

 泰国中華総商会をテコに、中国大使館の“タイ囲い込み運動”は熾烈で急だ。  《QED》