【知道中国 317回】                  〇九・十二・十

――へ理屈充満、コジツケ炸裂・・・かくて悪罵の連発だ
『除“虱”篇』(康立ほか 人民文学出版社 1975年)



 穏やかでも上品でもなく、突拍子もなく下卑た書名であって、出版が1975年――とくれば、「虱」が誰を指しているかは一目瞭然だろう。それにしても、つい数年前の共産党大会で「偉大なる毛主席の親密な戦友であり後継者」と満場一致で讃えていた人物を「虱」とまで揶揄し罵倒し侮蔑する図太い神経は、不可解千万・理解不可能としかいいようはない。

 この本は、「紅旗」「人民日報」「解放軍報」「北京日報」「江西日報」「文匯報」「解放日報」「天津日報」「安徽日報」「広西日報」「湖北日報」など、四人組が絶対的権限を完全掌握するメディア部門を総動員して進められていた林彪批判論文を集めたもの。どの一編を読んでも、「全て小品ながら鋭く鋭利な筆致であり、戦闘精神に満ち溢れている」という編者の意気軒昂とした啖呵を裏切ることはなく、興味津々このうえなし。

 たとえば「虱」に投げつけられた“尊称”だが、「ブルジョワ階級の野心家」「陰謀家」「売国奴」「デタラメ野郎である孔子の忠実な信徒」「恥知らずな叛徒」「ペテン師」「狼のような反革命の野心家」「一握りの反動分子の頭目」「大地主大資本家階級の政治代表」――このうえなく小気味よいのだが、よくまあ考えつくものだと感心するばかり。だが、この程度で驚いてはいけない。多くの論文は「林彪という叛徒、売国野郎は、いつも読書はしない、新聞は読まない。学問なんてこれっぽっちもない」とか「林彪という恥ずべき叛徒は、元来が読書はしないし新聞も読まないし書類に目を通すことすらしない。学問はこれっぽっちもない」といった“決まり文句”で書き出されているではないか。ということは、無恥文盲とまではいわないが、林彪は処置無しで底抜けの大バカだったということになる。

 確かに、そんなバカタレが後継者に納まっていたら「偉大なる領袖」は死んでも死に切れなかっただろうし、中華人民共和国が地上から消滅した可能性だって考えられないわけではない。「虱」の死から今日までの中国の展開を考えれば、「毛沢東暗殺計画」なる悪事が露見し、ソ連逃亡を企てながら失敗して事故死(?)してくれて有り難い限りだろう。

 さらに、「(「虱」は)大党閥、大軍閥であるにもかかわらず、笑止千万なことに世の中を治めるということについては能書きを垂れる。・・・多くの労働者・農民・革命幹部によるマルクス・レーニンと毛主席の著作学習に反対し、それを破壊しようとする一方で、孔孟の教えのなかから“復礼”の経験を学ぼうとした。ヤツはマルクス・レーニン主義を憎み、孔孟の道を讃えている」ともいうが、林彪と孔子がどこで、どう結びつくのか皆目不明。また林彪が「マルクス主義と社会主義制度は既に陳腐となり、時代遅れだとホザいた」と断罪するが、林彪の主張の正しさを21世紀初頭の中国の矛盾に満ちた現実が証明している。

 ともあれ林彪を飽くまでも「虱」と言い張るなら、「偉大なる毛主席」が「虱」を後継者に指名したんじゃありませんか。「親密な戦友であり後継者」が知らぬ間に「虱」に堕ちていたんですか。「虱」を「虱」と見抜けなかったとしたら、「百戦百勝の毛沢東思想」もヤキが回っていたということですね――などとツッコミを入れたくもなるが、いずれにせよ、「溝に落ちた犬に石を投げつけろ」を当然とする政治文化を持つ民族ならば、「毛主席の親密なる戦友」だって「後継者」にもなるが、アッという間に「虱」にもなるさ・・・。

本書の読後感を数式化すれば、(多弁+詭弁+能弁+饒舌)×牽強付会=罵詈雑言  《QED》