【知道中国 292回】 〇九・十・仲三
―正しい日本語は、はやり楽しく正しく学習しましょう・・・ネッ
『日語 にほんご(全四冊)』(復旦大学日語教研組編 上海人民出版社 1975年)
「上海市業余外語広播講座(試用本)」と記されているところから、この本はラジオ講座テキストとして試作されたらしい。出版された75年は、一時の熱気は褪めたとはいえ、依然として文革の旗を高く掲げていた時期。であればこそ、第一冊の最初のページの冒頭に「外国語は人生の闘争における一種の武器である」(マルクス語録)を、次いで「教育は無産階級の政治に服務し、生産労働と結びつかなければならない」「日本人民と中国人民は共に好き友人である」(毛主席語録)を掲げ、目次と本文の間に挟んだ1ページにルビを振った「毛主席万歳!万万歳」を右側に、その左に簡体字で「毛主席万歳!万万歳」を並べているとしても致し方のないこと。それが、時代を痛烈に象徴しているだけに、なにやら複雑な思いがする。いま振り返れば痛々しくもあり、ゴ愛嬌でもあり・・・。
「第一課 仮名和発音」からはじまって「第三十課」までの全4冊を2年間でマスターしようというのだが、なんとも愉快で意味深な内容が次々と飛び出す。先ず発音練習の最初が「あかはた アカハタ 赤旗 紅旗」。しばらく進むと「どくさい ドクサイ 独裁 専政」。第六課の会話では、「張さん、これは、ざっし『こうき』ですか」「あれも『じんみんにっぽう』ですか」「いいえ、あれは『かいほうぐんぽう』です」。第十三課まで進むと、難しそうな表現が加わる。たとえば「あなたがたも 大きな 意気込みで 『農業は 大寨に 学ぶ』運動を 繰り広げて いますね」。
ところどころに歌が入るのは、息抜きのためだろう。たとえば「あいうえお かきくけこ ・・・ わいうえを 革命のために 日本語を習いましょう」。「『あいうえお』の歌」というそうだが、どんなメロディーだったのか聞いてみたい気がしないでもない。
二冊目に入ると難しさが増す。「第九課 毛主席万歳」では「毛主席は 中国人民の 偉大な 指導者です。毛主席は わたしたちの 救いの星です。わたしたちは ほんとうに 幸せです。(中略)わたしたちは 声高らかに 叫びます。偉大な 指導者 毛主席 万歳! 万万歳!」。以下、「第十四課 赤軍のわらじ」「第十五課 上海工業展覧会」「第十六課 人民公社へ行く道で」と表題を挙げただけでも“革命的な内容”が想像できるはず。
四冊目は流石に高度な知識が要求される。各課に付けられた練習問題だが、たとえば「いま全国□繰り広げられている批林批孔運動は修正主義□反対し、修正主義□防止するうえ□、深遠な意義□もっている」「古参労働者たち□深い階級的憎しみ□燃えて、孔孟□封建的礼教□きびしい批判□加えた」(□に助詞を入れ、全文を中国語訳)
四冊目の巻末の中国語訳問題は「批林批孔運動が深く繰り広げられているすばらしい情勢の下で、広はんな労働者は現実の闘争と結びつけて儒法闘争史を研究し、林彪の反革命の罪悪行為をいっそう力強く訴え、批判した」「われわれは青年をマルクス・レーニン主義、毛沢東思想で教育し、断固として労働者、農民と結びつく道を歩むようはげまさなければならない」「社会主義制度を樹立、強化し、発展させるには全国人民を団結させ、プロレタリア階級独裁のもとでの継続革命を長期にわたって堅持しなければならない」・・・だとさ。
「革命のために 日本語を習」った人々は、今どうしているのか。日本人に向かって「プロレタリア階級独裁のもとでの継続革命を長期にわたって堅持」なんて・・・まさか。 《QED》