【知道中国 182回】                         〇八・八・念五

『現代中国を見る眼――社会主義ではメシが食えない
         『現代中国を見る眼』(姜克實 丸善ライブラリー 平成9年)

 1953年に生まれた著者は、当時の若者の大部分がそうであったように「単純な頭脳、高い情熱、革命の大事業を成し遂げたいという希望」を胸に文化大革命を経験する。やがて権力闘争の帰趨がみえてくるや、表向きは「再教育」を掲げながら、その実は「用済みの者たちの厄介払い、都市人口の分散化、中ソ戦争への備えなどの隠れた意図」のままに「零下四〇度をこえる不毛の辺境地の村で三ヶ月の思想改造を体験させられ」る。

 「党への忠誠の証に親や親類を裏切ったり、同僚、同志を『反革命分子』として密告し、不利な証言をしたり、あるいは『反革命分子』に暴力を振るったりするような人々は、被害者より多かったのではないか。本心から毛沢東・共産党を信じ、文化大革命を支持し、社会主義革命の成功を確信した」だろう「一般民衆の思想・意識とその変遷の過程を把握」してこそ、「『大躍進』、『文化大革命』のような大衆的イデオロギーにあふれる事件、事象を認識でき、また、社会主義衰退の原因、及び、これからの中国の行方を正しく把握できると思」いながら、著者は1949年の建国から80年代半ばまでの中国における社会主義社会の変遷を「民衆意識の変遷史」「中国民衆全体の壮大なドラマ」として捉え直そうとする。

 「民衆からみた社会主義」という副題を持つこの本は、49年以降の半世紀ほどを「『新中国』旗下の結束」「社会主義改造への困惑」「『反右派』と『大躍進』」「現実と理想の確執――調整時期」「『無私』の世界を目指して」「十億人の意識転換」と区分し、その時々の民衆の振る舞い、激動する社会の姿を、彼らのありのままの心の動きやナマの声で再構成する。

 「平たく言えば、飯が食えなくなったため、民衆は社会主義のシステムを見捨てたわけであ」り、「現代中国社会の最大の矛盾は、なんといっても、空洞化・形骸化した社会主義イデオロギーと、生身の存在である民衆の意識との乖離であろう。この矛盾を解決しないかぎり、ポスト社会主義中国の飛躍が期待できず、『改革・開放』も最終的な成功を収められないだろう」という著者の指摘は確かに重い。

 「アカデミーにおける理論研究、国の指導者の言動への注目、政府の政策方針の分析など」、「日本における中国研究、報道は、戦後以来、一貫して『上から』の方法が採られていた」。この種の手法は冷戦時代はやむをえなかったし、「毛沢東が絶対的な政治権力を振るい、共産党の指導、政策方針が滞りなく下部の末端へ貫徹」できた時代は有効だった。だが共産党への求心力が減衰し、民衆の価値観・意識が転換してしまった開放後、「国の政策方針や上層部の言動を、中国、あるいは中国人の意識のバロメーターとする価値観は減少してしまった」。「にもかかわらず、このような変化を無視するかのように、日本の学者、マスコミの大半は『上から』の研究方法に固執し続けた」とは著者の主張だが、民衆の動向に無頓着という姿勢は戦前も同じ。だからこそ大陸政策に関する大戦略構築に失敗した。

 著者は、天安門事件に際してみられた日本の学者やメディアの「『(天安門)広場にいた百万』市民の熱に浮かされ、農民を含む『十億』の存在に背を向け」た悪弊を鋭く指摘する。現在の中国を巡る大情況への大局観を欠き、オリンピックという小情況での中国官民の傍若無人な振る舞いを冷笑酷評し或は弁解擁護するだけのメディアの姿に象徴される日本のノー天気な中国認識は、著者が指摘した天安門事件当時と大同小異ではないか。 《QED》