――“もう一つの中国”への旅(旅162)
あれやこれやたわいもないことを考えながら寿衣店の窓に目をやると、そこには、「廠家直銷(工場直売)」「喪事詢問(ご相談応じます)」「剃頭刮臉/穿衣(エンバーミングと着付け)」「上門服務(出前サービス)」「快速翻相(遺影速成)」「現代寿衣(現代的経帷子)」と営業内容が4文字で書き連ねられていた。
はたして不治の病を抱えた患者は病室の窓から寿衣店街を眺めながら、その時を待つのだろうか。体調が回復し、病院内を散歩しながら、寿衣店でウインドーショッピングしたり店内をひやかしたり。なんとも複雑でビミョーな心持ちだろう。どうやら中国では、患者もまた相当にタフでなければ務まらないように思える。
さらに街を歩くと、宣伝ビラを配っている。ここでも携帯電話の販売合戦だった。1台買ったら電気炊飯器、電気蒸し器、自転車などが景品として付いてくるとか、もう1台は無料ですとか、大型最新冷蔵庫が当たりますとか、アップルのiPhoneをサービスしますとか、ともかくも派手なビラばかり。それほどまでに熾烈な携帯電話商戦が展開されているということだろう。
街角を曲がると、パソコンで手作りしたと思われる「韓粧秀 韓国化粧品服装店」のビラを貰った。「尊敬する多数の消費者・美を愛する女性の皆様、ごきげんよう」で書き出されたビラには、「私はソウル留学という好条件を背景に、黒河で正真正銘の韓国最新流ブランドの化粧品・ファッションを提供させて戴いております。皆様には韓国の美女と同じように韓国発の最新流行のファッションをご満足戴けるに違いありません。①ニセモノや紛い物だった場合。②韓国以外の品物だった場合。③お客様に損害を与えた場合。④お客様を騙した場合――以上の際には、購入価格の10倍を弁償させて戴きます」と。ということは、この街でも、それだけニセモノが横行しているということだ。このビラもまたニセだったりして・・・。森羅万象が虚実皮膜で包まれたような日常が垣間見えるようだ。
やはり国境の街にも消費文化の荒波は確実に押し寄せていた――これが2010年の黒河での実感である。
黒河とブラゴヴェシチェンスク、綏芬河開発とポクラニーチナヤ――こう並べるなら、地続きの場所が国境線で無理やり限られているだけの瑞麗とムセーだって1つになれないわけがない。「上に政策、下の対策」のオ国柄である。下はとっくに対策済み・・・かな。
この辺りで瑞麗に舞い戻る。
瑞麗の大通りの角の洒落た建物には「壷中天商務娯楽会所」の看板が掛けてあった。小さな壷の中にも無限の大宇宙が広がっているとの道教的世界観を麗々しく店名に掲げる「商務娯楽会所」とは、そもそも、いったい、なにをする所なのか。好奇心に背中を押されるままに入り口のドアを開けて入ると、そこに立っていた人物が副総経理を名乗った。
なにやらレンタル・ルームらしい。こちらを客と思い込んだのだろう、料金システムを熱心に説明してくれる。彼の説明では全室が基本的にビジネス接待用だが、誕生祝いなどの宴会も可能。サービスには以下の違いがあるとか。
■VIP包房(30~50人用で888元)=ビール24本/赤ワイン1本/果物3皿/つまみ9品/自動麻雀台/インターネット使い放題
■大包房(20~30人用で588元)=ビール24本/果物2皿/つまみ6品
■中包房(10~15人用で168元)=ビール12本/果物1皿/つまみ4品
■小包房(5~8人用で88元)=ビール6缶/果物1皿/つまみ3品
「包」は貸し切りで「房」は部屋を指す。商談接待用を主にして売り上げは順調に伸びている、と副総経理。欲望が膨らみ、アブク銭が乱れ飛んでいたに違いない。《QED》