――“もう一つの中国”への旅(旅133)
どうやら謝国民が掲げた「ドリアン推し」の背景に、彼一流の目論見が窺える。つまりラオスを仲介役にして“遅々として進展”するタイと中国の間の鉄道を軸とした物流ネットワーク網の拡大である。
謝国民は薬効を秘めた農産品とドリアンを「巨大な潜在能力を秘めた産業」と捉える立場から、タイ政府に政策的支援を強く求める。
もう少し彼の講演に耳を傾けたい。
「疫病や気候変動に強い高品質の品種、ドリアン園の管理システム、食品加工などを含む多方面の技術を開発・発展させることはもちろんだが、ドリアン産業振興に関わる法律の整備に加え、農民に対する資金・技術・知識の各方面からの支援は必須となる。
ドリアンを除くなら、大豆栽培が産業として高い可能性を秘めている。この場合、遺伝子組み換え技術の開発を通じて農薬使用を低減させ、収穫量の増加を目指すべきだ。
糖尿病や高血圧などに見られる非伝染性慢性病の疾病対策の視点から、CP(正大)集団は成長戦略の重点を医薬代替農産物ビジネスに置くが、そのためにも政府を含む多方面との協力がカギとなる。
そこで考えるべきはビジネスとしても巨大な可能性を秘めている水である。
1)水は農業の基礎:タイの自然環境は農業に最も適している。効率的な水資源管理が実現されるなら、農業生産は拡大し、食糧の安全保障は確立し、農家の収入は増大する。
2)水は経済発展の潜在的要因:工業、観光業、家庭用水を含め、良質な水の確保と機能的管理は必須であり、そうなってこそ経済の持続的成長が可能となる。
3)以上を実現させるための大前提が人的資源の確保であり、教育と訓練を含め水資源管理の人材確保に向け政府には政策資源の投入を求めたい」
――以上を骨子とする講演を、謝国民は「タイは農業を発展させることで国として強い経済力を引き出す高い可能性を持つ。狙い目はドリアン、大豆、遺伝子編集技術だ。だが、そのためには法律、政府の支援、技術開発への投資など多方面に渡る要素を同時並行的に発展させなければならない」と総括してみせたのである。
以上、「我々はバランスを保たなければならない」との“経営哲学”に裏打ちされた謝国民の姿を長々と追ってきたが、最後に謝国民の力の基盤である一族を巡る閨閥――「血」と「資本」の有機的結合――の概略を書き留めておく必要があろうか。
謝一族はタイでバンコク銀行を、香港で亜洲金融集団を率いる陳(ソポンパニット)一族と、一方では工業団地開発などを手掛ける明泰集団を率いる李(ウィラメタクーン)一族と結ばれている。ここで注目しておきたいのは、李一族と婚姻関係を持つ伍(ラムサム)一族はカシコン(開泰)銀行を軸にした100年以上の歴史を持つ巨大華人資本であると同時に、王室とも縁戚関係にあること。婚姻で結ばれた4家族傘下の企業が企業経営の上からも対中関係を重視してきたことはもちろんである。
ここで謝国民の息子の謝吉人と、孫の謝宇宸の夫人は共に韓国出身で、謝宇宸夫人の曾祖父は大韓民国臨時政府で主席を務めた金九との点を附記しておきたい。「我々はバランスを保たなければならない」がここまで徹底されていたとは、驚嘆するばかり。《QED》