――“もう一つの中国”への旅(旅114)
陳弼臣は生涯に2人の女性と結婚している。最初は中国で20歳の時に両親が定めた劉桂英(1979年、香港で死亡)と家庭を持った。彼女は陳有慶(ロビン・チャン/香港商業銀行会長、香港太平紳士、全国人民代表大会委員、汕頭経済特区顧問、香港基本法諮問委員会顧問、バンコク銀行取締役会顧問。以下、カッコ内は1990年当時の主な肩書き)と陳有漢(バンコク銀行総裁、タイ銀行協会会長、ASEAN銀行協会会長)の母親に当たる。有慶・有漢の兄弟は中国で生まれで香港育ち。
バンコクで結婚した姚文莉(ブーンスリ)との間には永徳(バンコク銀行常務、聯合金融会長)、永建(バンコク銀行副総裁)、永名(バンコク保険会長兼社長)、永立(第一投資信託会長兼社長)、鳳翎(陳弼臣慈善基金経理担当理事、タイ環境建設協会主席)の4男1女がいる。
先に鄭一族や郭鶴年に言及した際に記しておいたが、ここで敢えて再録しておくと、
――企業経営にかかわる合理的判断と血によって結ばれた家族内の融和を目指す情緒的判断を比較するなら、前者が後者を押さえ込むのか。後者が前者を圧倒するのか。おそらく両者の間に双贏(ウイン・ウイン)関係が成り立つのが理想だろうが、往々にして両者は対立する運命にある。経営に関する家族内の諍いを収めるのは、やはりオッカサンしかいない。となると家族制度の主宰者は、やはりオッカサンに行き着くことになるはずだ。
家族の団結を前提とすることで成り立つ家族経営は、その一方で家族であるがゆえの脆弱性を秘めている。家族経営を成り立たせる最大の長所は、その一方で経営の脚を引っ張る最大の短所となる。家族経営というヤツは、外なる敵に向かっては滅法強そうだが、家族内部の利害と感情の相克を前にしては脆いような。情理ということばがあるが、家族経営では企業経営の「理」が肉親の「情」を押さえ込むことは難しいように思える――
いわば陳一族には、陳弼臣の子どもたちを有無を言わさずに従わせることのできるオッカサンがいなかったわけだ。本来なら異母兄弟間の利害対立を調整すべき立場にあったはずのオッカサン(劉桂英)はすでにいない。だが姚文莉がオッカサンとして振る舞うことは、おそらく劉桂英の息子である陳有慶と有漢からすれば認め難い。かくて母親違いの兄弟間の争いは、劉桂英の2人の息子の勝利に終わっている。勝因の背景に、この2人の銀行経営経験に加え国境を越えた人脈があったことは敢えて指摘するまでもないだろう。
ここで一気に時代を下り、現在の陳一族の動静を綴ってみたい。
2022年11月14日、バンコクで超豪華な結婚式が行われている。新郎はバンコク銀行総帥である陳智深(チャトシリ/陳有漢の長男)の次男で、新婦はCP(正大)集団を率いる謝榕仁の次女――この報道に接した時、掛け値なしに驚くばかり。率直な感想は、え~ッ、この時代に、いまさら、まさか、そんなことが~ッ!!!
婚姻は華人企業家が事業拡大のために古くから踏んできた手法であり、家族経営の岩盤でもある。血縁で結ばれることで双方の家族が経営する企業の関係が緊密化し、双方の家長=経営トップの間で企業経営上の意思疎通が進み、ビジネス空間拡大が導かれる。
バンコク銀行(=陳一族)とCP(正大)集団(=謝一族)――タイを代表する巨大家族の血が融合することで、はたして“化学反応”は起こるのか。どのような企業戦略を描いているのか。やはり婚姻は華人企業文化における重要な企業戦略・・・昔も今も有効ならば、ヒョッとして将来も考えられるはずだ。
この婚姻はタイ上層社会でどのように位置づけられるのか。それを知るためには、タイ社会を壟断してきた伝統的パワー・エリート集団の実態を先ず捉えておく必要がある。そこで些か回り道とは思うが、同集団の仕組みをザックリと眺めておきたい。《QED》