【知道中国 2865回】                      二五・七・念五

  ――“もう一つの中国”への旅(旅117)

なにやら遠回りが過ぎるようだが、結婚式から少し離れ、タイ内外に大きな影響力を持つ陳・謝の両華人家族の今後を考えるためにも、プラユット政権当時のタイと中国の関係を眺めておくことも必要ではなかろうか。

そこで第一に取り上げたいのが、ワチュラロンコン国王の対中姿勢である。

APEC首脳会議開催に合わせタイを訪問した習近平国家主席は、2022年11月18日、彭麗媛夫人を伴って王宮にワチュラロンコン国王・王妃を表敬訪問した。その際、国王に対し「国王と王室は長年に亘って中タイ友好関係の柱であり、国王及び王室の方々が訪中し、現代化した中国社会をより多く目にされることを歓迎する。中国は王室関連公益事業を支持する」と表明している。

これに応え国王は習近平夫妻の訪タイを敬意を持って歓迎すると語った後、中国社会の繁栄と富強に向けての国家主席の「英明な指導」による「傑出した成果に敬服する」と応じ、さらに「これまで重ねた中国の旅では、美しい山河と活力ある社会に接してきた。機会があったら再び中国を訪れることを希望する」と加えている。この発言には、たんなる外交辞令を超えたメッセージが込められているようにも思えた。

じつは王室による対中外交は前プミポン国王(在位:1946~2016年)の時代から一貫して「一家親(家族の親密さ)」の漢字3文字で形容されることが多く、シリントーン王女(前国王次女で現国王妹)が担ってきた。1981年に初めて訪中しているが、以来2025年の現在まで訪中は40回ほどを数え、ほぼ全省に足を運んでいる。平均滞在期間は1週間前後だが、中国語学習のため北京に2カ月ほど滞在したこともある。

おそらく世界各国を見渡しても、彼女ほどに訪中を重ねた重要人物はいないはず。あるいは共産党政権の対外関係において極めて象徴的な立場に立ち続けたキッシンジャーの訪中回数を超えているのではないか。それほどまでに中国政府が彼女を重要視していることの証左でもあろう。歴代共産党指導者のなかでも、ことに2012年に中国のトップに就任する以前からの習近平との良好な関係に注目したいところだ。

シリントーン王女ときたら、やはり陳有慶(1931~2022年)の次男で香港の陳一族を統括する陳智思(バーナード・チャン/1965年~)に登場願わないわけにはいかない。

あれは2000年前後だったと記憶しているが、香港の陳智思の執務室で長時間インタビューに応じてもらったことがある。その際、最も印象的だったのが、彼の机の上にシリントーン王女から手渡されたサイン入りのA4サイズの写真が彼に正対するように置かれていたことであり、「チャーウット・ソポンパーニット」と自分に付けられたタイの名前を名乗ったことだ。「あなたは何者?」と不躾な質問をすると、キッパリと「陳智思であり、バーナード・チャンであり、チャーウット・ソポンパーニットだ。それ以上でも以下でもない」。机の上のシリントーン王女の写真を指しながらの「王女の香港滞在時の案内役を務めている。自分は当然ながらタイ王室の熱烈な支持者だ」との口調が、強く印象に残る。

父親の陳有慶が押えていた公私に亘る重要ポスト――家業の亜洲金融集団と亜洲保険公司総裁、全国人代香港地区代表など――を引き継いだ。彼自身は「公職王」と呼ばれ香港特区政府の重要メンバーを務める他、香港社会服務聯会、活化已修復堆填区資助計画督導委員会、M+董事局など文化・環境・健康をテーマとする社会活動でトップの立場にある。

親中派から一般市民までの支持に加え、父親譲りの中央政府とのパイプを持ち、タイ王室とも極めて近い関係を持つ。これが陳一族の香港における現在なのだ。これにタイにおける一族の存在感を重ね合わせたら、日本人が一般的に抱く「現地社会に同化・融合」といったイメージとは全く別次元の存在であることに気づかされるに違いない。《QED》