【知道中国 2797回】                      二五・二・仲五

  ――“もう一つの中国”への旅(旅49)

「公産私用」とは万民のために使うべき財産(公産)を幹部(共産党政権以前は官吏)が個人的に使ってしまうこと(私用)であり、「公産私継」とは公産を幹部が私有財産と見なして子孫に継承させてしまうこと(私継)を指す。

ここで些かというより、大いに横道に逸れてみたい。

昭和の時代に謹厳実直の士で知られ、支那哲学の泰斗と呼ばれた宇野哲人は、東京帝国大学文科大学(現文学部)助教授時代の明治39(1906)年初から約2年に亘って北京に留学している。留学期間中には好んで中国各地を自らの足で捉え、目で見て感じた異郷の姿を故郷・熊本の両親に書き送った。それが「熊本日日新聞」に連載され好評を博したことから、『支那文明記』(大正七年、大同館書店)として出版されている。そこに、洛陽の「縣衙門(県役所)」を訪れた折りの体験が記されている。

 「縣衙門に至る正堂に待つ間に儀門内の牌樓上に記せるものを見れば、/爾俸爾禄、民膏民脂、下民易虐、上天難凌/と題してある蓋支那の官吏には最適切の訓戒である。若官吏皆この心を心としたならば民治まらざるを憂へず國強からざるを憂へず。然れども之を知つて、而して之を行ふもの果して幾人かある。言行相反せること支那官吏より甚だしきはあるまい」

つまり洛陽の県役所に出向いたところ、目だつ所にデカデカと且つ麗々しくも恭しく「爾俸爾禄、民膏民脂、下民易虐、上天難凌(キミ等の俸給は人民の汗の結晶だ。下々の民百姓は適当にあしらえるが、天の目は節穴じゃないぞ。権力を振り回しての不正を天は見逃さないぞ)」と書いた看板が掲げられていたというのだ。

それから1世紀ほどが過ぎた2009年に出版された共産党幹部昇進試験の問題集である『党政領導幹部公開選抜和競争上崗考試』(国家行政科学院出版社、2009年)の表紙を開くと目に飛び込んでくるのが、江沢民の「永做人民公僕(永遠に人民の公僕たれ)」との墨痕鮮やかな6文字――毛沢東独特の傲岸不羈の書体にはトテモ及ばないが――である。

ここで参考までに、1980年夏に鄧小平が党幹部に向けて発した“忠言”を記しておくと、

「幹部らは職権を乱用し、現実からも一般大衆からも目を背け、偉そうに体裁を装うことに時間と労力を費やし、無駄話にふけり、ガチガチとした考え方に縛られ、行政機関に無駄なスタッフを置き、鈍臭くて無能で無責任で約束も守らず、問題に対処せずに書類を延々とたらい回しし、他人に責任をなすりつけ、役人風を吹かせ、なにかにつけて他人を非難し、攻撃し、民主主義を抑圧し、上役と部下を欺き、気まぐれで横暴で、えこひいきで、袖の下を使えば、他の汚職にも関与している」

 1980年といえば対外開放の直後、四六時中が毛沢東思想に“厳重監視”されていた文革が終わり、いよいよ「向銭看(ゼニ儲けバンザ~イ!)」の時代にトバ口に立ったわけだから、幹部だって毛沢東思想の柱である「為人民服務(人民のために汗を流せ!)」をうち捨てて、一気に「向銭看」に突っ走る危険性を痛感していたからこそ、先の発言につながったのだろうが、不正・腐敗はどうにも止まない。

ここで毎度お馴染みの林語堂(『中国=文化と思想』講談社学術文庫、1999年)の登場を願わないわけにはいかない。

「中国語文法における最も一般的な動詞活用は、動詞『賄賂を取る』の活用である。すなわち、『私は賄賂を取る。あなたは賄賂を取る。彼は賄賂を取る。私たちは賄賂を取る。あなたたちは賄賂を取る。彼らは賄賂を取る』であり、この動詞『賄賂を取る』は規則動詞である」

幹部(役人)は昔も今も「人民」「下民」「上天」な~んて・・・屁のカッパ。《QED》