【知道中国 2721回】                      二四・七・仲九

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習387)

 

●スターリン自ら、五百万部に上る有名な『ソ連共産党歴史小教程』――歴史家ゲンリフ・ヨッフェに言わせれば「すべての男女生徒の脳に虚偽の釘を打ち込む」荒っぽいイデオロギー的小冊子――の執筆と発行を監督した。

●『歴史小教程』はすべての出来事が必然的、不可避的に一つの輝かしい結論――現体制の正義と力――へと至る決定論的歴史の教科書である。こうしたテキストでは、歴史に内的葛藤も、多義性と選択も、不条理と悲劇も存在しない。「大嘘」は常に不変の内的論理を持っている。反対者は国家の敵として、殺人は必要事として説明されるのだ。すべては明瞭であり、すべてのことが神話と罵詈の言語で表現される。

●歴史はプロパガンダの侍女、そして科学ないし文学レベルでの知識教育であるよりは、むしろ政策の延長であり続けてしまう。

●公式の洗脳は第一学年から始まる。入学の初日、校長は全児童を講堂に集め、こう言うのが常だった。「君たちはすべての子どもが幸せなこの国に生きて、とても幸運なのです!」。読本の最初に出てくる単語は「レーニン」「祖国」そして「ママ」である。

――拾い始めたらキリがなさそうだから、この辺で引用は止めておくが、かくして教室に入って椅子に座り、子どもたちは“毒に満ちた戯言”を聞かされることになるわけだ。

ところで建国以降に毛沢東が推し進めた政策を多くの統計や資料に基づいて分析し、失敗の連続であったと位置づける『脱線した革命 毛沢東時代の中国』(アンドリュー・C・ウォルダー ミネルヴァ書房 2024年)は、『ソ連共産党歴史小教程』と毛沢東の関係を次のように論じている。

「(毛沢東の)信念の核心部分は、延安にいた一九三○年代に取り入れた一連の比較的簡単な理念から着想を得たものであった。このうち最も重要なものは、毛の階級闘争と社会主義建設についての理解を具体化させたスターリン主義的なソ連共産党史である『小教程』のなかに見いだすことができる。このドクトリンは、革命的な社会変化を創出するための暴力闘争の必要性、大衆を先導する一元的で武装化された党の必要性といった、一九二○年代にすでに表明されていた毛の見解にうまく合致していた。このような信念は、国民党に対し不可能とも思える勝利を成し遂げた一九四○年代後半の総動員期に、内戦の試練を通じてより強固なものになっていった」

こうなると、唐突に過ぎることは承知の上で、さらに誤解を恐れずにこんな“感嘆の声”を挙げないわけにはいかない。「恐るべし!『ソ連共産党歴史小教程』」と。

ここで、これまでに取り上げてきた『怎樣學習歴史』(1955年出版)から『近代中国史話』(1977年出版)までの歴史書を改めて振り返ってみるに、中国大陸に人類が住み着いて以降の「すべての出来事が必然的、不可避的に一つの輝かしい結論――現体制の正義と力――へと至る決定論的歴史」を蕩々と語ってきたことが、朧気ながら確認できるだろう。

中国共産党にとっての「一つの輝かしい結論」とはなにか。敢えて言及するまでもないが、やはり「『新しい人間』の創造は共産主義建設の事業総体の中で最も重要だという前提から出発」すればこそ、「権力を固めたスターリン」に倣って毛沢東が「歴史に対する絶対的な支配権を手にした」としても、なんらの不思議はないはずだ。だから「歴史はプロパガンダの侍女、そして科学ないし文学レベルでの知識教育であるよりは、むしろ政策の延長であり続けてしまう」。これこそが共産党の体内に宿る治癒至難の病巣に違いない。

言い換えるなら共産党政権を支える大きな柱が歴史解釈権の独占であり、であるからこそ歴史認識という問題は共産党政治の“一丁目一番地”に断固として据えなければならない。かくして歴史の支配こそ共産党政権の権力の基盤であり命綱となるわけだ。《QED》