【知道中国 2690回】                      二四・五・仲八

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習356)

 ――正体が露見したことで慌てふためく呉に向かって、「安心しなよ。お前に結論を告げる時がきたんだよ」といいながら、傍らの大きな置時計を見る。いまや、叛徒を清算する時がやってきたのだ。謝は一歩前に踏み出し押し殺した声で、「人民を代表してキサマに判決を下す」とキッパリと告げる。

 呉は座っている椅子から転げ落ち、焦点の定まらぬ目で、「ど、どんな判決だ」

 すると謝は怒りの視線で呉を見据えながら冷然と、「革命の隊列を食い荒らすキサマのような腐りきった虫ケラを取り除き、人民が被った血債を弁償してもらおうではないか」

 呉は隙を見て隠し持っていた拳銃を素早く取り出し、謝に向かって引き金を引こうとする。だが謝は目にも止まらぬ速さで拳銃を持つ呉の手を蹴り上げ、呉を床に押し倒し喉を押さえた。頚動脈をグイグイと締めあげられ、呉の耳はグワーンと鳴り、目の前はだんだん暗くなり、意識が遠退いていく。

「ああ、もうダメだ。こうなることが判っていたら、このオシ野郎が入ってきた時にバーンと引き金を引いておきゃあよかったものを。ああ、もうオシマイだ。あの大金も、金の時計も、箱に隠しておいたアレ・・・も。速く判って・・・いたら・・・」

 謝が押さえていた手を緩めるや、呉は息を吹き返し暴れようとする。だが、謝に襟首をしっかり押さえられ身動きがとれない。謝は怒りに目をカッと見開き、力強く「いいか、よく聞け。人民になりかわってキサマを死刑にしてくれようぞ!」。いい終わるや、鋭くキラリと光っている刃を叛徒である呉の心臓にグサッと突き刺した。

 かくして正規軍は双橋鎮を制圧する。「前進、前進、前進、我等の隊伍は太陽に向かい・・・」と、まるで千軍万馬の嘶きか。勇壮な歌声が黎明の空を揺るがす。いよいよ空は明るさを増し、太陽は東の空を真っ赤に染めあげるのであった――メデタシメデタシ。

 ところで日本の少年向け革命読物に「心臓にグサッ」などというシーンはあっただろうか。この少年向け革命英雄物語を読む限り、共産党政権は敵に情けは無用と少年の頃から教え込んでいたわけだ。

ここで素朴な疑問が湧く。いったい誰が、いつ、どのような条件の下で謝に「人民を代表してキサマに判決を下す」ような権限を与えたのか。タメにする思い込みというものだろうに。やはり“政治的正義”は身勝手で胡散臭い。

 『体育鍛煉方法叢書 冷水浴、空気浴、日光浴』の裏表紙に記された「冬泳之歌」は、こんな調子で始まる。

「紅旗はためき、歌声高く、千軍万馬は冬の大河を渡る。東風に乗り、激浪に向かい、波と戦い闘志は昂まる。水の冷たさなんのその、胸に抱くは耀く朝日、寒流恐れぬ熱き血潮、光輝に満ちた若さの光芒。前進、前進、また前進、毛主席が拓いた耀く航路(みち)を勇進すれば、我らを阻むものはなし。毛主席が拓いた輝く航路(みち)を突き進めば、我らを阻むものはなし。勝利は我らの前方に」

 なんとも滑稽なばかりに勇猛果敢な歌だが、これを大声で唱いながら、“革命的人民”の多くが寒々と冷え冷えとした水中に飛び込んだのだろうか。それにしても震える体に紫色の唇・・・想像するだけでもサブそうだ。いやゼッタイにサブい・・・に違いない。

 この本は「前言」で、「空気と日光と水は無尽蔵の天然資源である。人々は長期に亘る自然界との闘争の過程で、この三種の自然物質を利用して身体を練磨し体質を強化し、それを『冷水浴 空気浴 日光浴』とも、『自然力鍛錬』とも呼んできた。この三種の鍛錬は特殊の場所や器材を使うことなく、空気、日光、水に関する一般的知識さえあれば鍛錬の要領と方法をマスターできる。よって簡便このうえなし」と教え込む。《QED》