【知道中国 2673回】                      二四・四・仲四

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習339)

 政治的大事件が起こる都度に全国各地で大集会が仕組まれる。これは共産党政権の“常道”だが、四人組逮捕でも同じだった。

 たとえば21日には北京で150万人規模の祝賀パレードが行なわれ、「四人組糾弾」「華国鋒を首(かしら)とする党中央擁護」を訴えた。23日に成都で行なわれた80万人規模の祝賀・糾弾集会では当時の四川省トップの趙紫陽が長時間講話をブチ上げる。24日に北京の天安門広場で行なわれた100万人集会には華国鋒、葉剣英が出席したのである。

 27日、中共中央は四人組の牙城であった上海市党委員会の全面改組を断行し、張春橋・姚文元・王洪文の上海における一切の職務を剥奪してしまう。

 1976年10月発行分としては『《楽記》批注』(中国人民解放軍五一○三一部隊特務連理論組・中央五七芸術大学音楽学院理論組 人民音楽出版社)、『農民戦争資料選注 黄巣伝注釈』(北京市東城区文教局《黄巣伝》注釈小組 中華書局)、『《学点歴史》叢書 尊孔派和売国賊 ――曾国藩、李鴻章、張之洞、袁世凱』(王天奨・李国駿編写 人民出版社)、『沙俄侵華簡史』(史達 中華書局)、『漢字簡化是当前文字改革的重要歩驟』(文字改革出版社)に加え、『中国政府継続堅决執行毛主席的革命外交路線和政策』(人民出版社)、『偉大的歴史性勝利』(人民出版社)である。

 先の5冊は敢えて四人組時代の“残影”、あるいは“忘れ形見”と言っておいてもいいだろう。これらを手に入れた日にちは不明だが、少なくとも四人組逮捕の以前に印刷・製本され、各地の書店向けに発送されたに違いない。だとするなら、四人組陣営は危機が身辺に迫っていることに気づかなかったとも考えられる。それにしても、5冊はすでに飽きるほどに扱ってきた儒法闘争の系列に属しているし、内容的には新鮮味は微塵も感じられない。だから、ここでは書名のみを示すに止めておきたい。

そこで『中国政府継続堅决執行毛主席的革命外交路線和政策』と『偉大的歴史性勝利』の検討に進むことにするが、『中国政府継続堅决執行毛主席的革命外交路線和政策』は全12頁で、6000字ほど。当時の外交部長である喬冠華が第31回国連総会で行った演説を印刷した超安価(0.06元)な小冊子である。

各国代表を前に喬が演説したのは毛沢東の死から1ヶ月ほど過ぎた76年10月5日で、翌6日には北京で四人組が逮捕されている。ということは喬冠華が国連で演説をしている頃には、北京では“毛沢東後”をめぐっての四人組対反四人組の熾烈な闘争が「回帰不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)」を越え、超緊張状態であったに違いない。

「本日、我われ中華人民共和国代表団はこの場に到り、本国連総会に出席することとなったが、いまやまさに我が国各民族人民にとっては、このうえなく深い悲しみの時となってしまった。9月9日、中国人民が最も敬愛する偉大なる領袖、導き手である毛主席は不幸にも逝去された。毛沢東主席のご逝去は、8億中国人民にとって計り知れない不幸であります」

「毛主席なかりせば中国革命の勝利はなく、今日の新中国もありえなかった。毛主席指導による中国革命の勝利なかりせば、世界が今日のような大きな変化を成し遂げることはありえなかっただろう」

「この上なく深い悲しみの底に打ちひしがれた中国人民は悲しみを力に変え、毛主席の遺志を継承し、毛主席が切り拓いたプロレタリア革命の事業を最後までやりぬくものであります」

――こう切り出した喬冠華は、続いて「毛沢東主席が深刻に分析し」たうえで提示した「3つの世界に関する偉大な戦略思想」を自信タップリに語り出すのであった。《QED》