【知道中国 2670回】                      二四・四・初八

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習336)

イラストは写真とは違って必要な動きだけを明確に描いてあるので、じつに判り易い。中国武術のイロハを知るには手頃な案内書といえるのだが、出版された当時の情況を考えれば、リクツが付き纏ってしまうのは致し方のないこと。そこで致し方なく「編者的話」を読むことにする。

「中国の伝統的民族体育」の1つである武術は、「わが国労働人民が実際の生活のなかで不断に築きあげ豊かに実らせた文化遺産である。旧社会において武術は反動階級に利用され、人民を押さえつけ蝕み、彼らの反動統治を強固にするための道具だった」。ここで不思議なのが、「わが国労働人民が実際の生活の中で・・・文化遺」でありながら、なぜ「反動統治を強固にするための道具」に成り果ててしまったのか。その点の説明が一切なされていないことだ。

はたして説明できないのか。説明するのは都合が悪いのか。それとも解りきったことなのか。とにかく「編者的話」は説明抜きで一気に新中国の時代へと筆を進める。

「新中国成立以来、党と毛主席の慈愛のこもった関心と重視によって、多くの武術工作者は『以古用今、推陳出新(旧いものの中から陳腐なものを棄て去り、新しく有用なもの広めよ)』の教えに基づき武術運動を研究整理し、社会主義革命と社会主義建設の過程でより有益な役割を発揮するよう努めた」。

さて、社会主義の革命と建設に武術はどのような積極的役割を果たしたのか。“若者よ、体鍛えておけ、その日のために”ということか。文革、批林批孔運動でも武術は「新しい光彩」を放ったというが、「新しい光彩」とは、いったいなんなのか。

かくて「体育は上部構造の一部分であり、プロレタリア階級とブルジョワ階級とが争う陣地である。だから、武術運動の発展においては階級闘争を基本とし党の基本路線を堅持し、修正主義を批判し、資本主義を批判し、反動的な孔孟の道を批判し、封建迷信思想を打ち破らなければならない。武術の鍛錬を通して体質を増強し革命精神を覚醒させ〔以下、略〕」となるわけだが、いよいよもって懇切丁寧だが、じつは意味不詳となってしまう。

なにはともあれ、当時の中国では武術にすら「反動的な孔孟の道を批判」する任務を担わせたわけだ。それにしてもヘリクツの極みであり、ヘンテコリンな時代だった。

ここで些か話題を変えてみたい。

毛沢東の死を受けて、中国共産党中央委員会、中華人民共和国人民代表大会常務委員会、中華人民共和国国務院、中国共産党中央軍事員会は連名で「全党、全軍、全国各民族人民に告げる書」(以下、「告げる書」)を発表し、「毛主席は中国共産党、中国人民解放軍、中華人民共和国の創立者で英明な指導者である」と位置づけた後、「我われは断固として毛主席の遺志を受け継ぐ」と宣言している。

じつはこの年、習近平は23歳の若者だった。陝西省の農村で過ごした下放生活を切り上げ、慣れ親しんだ農民に見送られて前年に北京に戻り、清華大学化学工程系で学んでいた。

生まれながらにして毛沢東を神と称えるよう教育環境に育ち、10代初期から23歳までの10年間が国を挙げて毛沢東に熱狂した時代に重なり、いわば「完全毛沢東世代」のトップランナーでもある習近平からには、若き日の彼が「断固として毛主席の遺志を受け継ぐ」と誓い、「毛主席の遺志」を深く心に刻んだと考えても、強ちあり得ない話でもないだろう。

 そこで「告げる書」の公布から48年ほどが過ぎた現時点から、改めて「毛主席の遺志」と習近平政権の姿勢と比較してみようかと考えてみたいのだが。《QED》