【知道中国 2648回】                      二四・二・念四

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習314)

世に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とはいうが、あの時代の中国では「孔子憎けりゃ、漢字まで憎い」のであった。バカも休み休み願いたいものだが、どうやら文革期の中国では、それすらも通用しなかったらしい。そこでもう1編「太平天国的反孔闘争推動了漢字改革(太平天国における反孔子闘争が漢字改革を推し進めた)」を見ておきたい。

――太平天国は封建勢力(国内)と侵略勢力(国外)に反対する「任務」の外に「我が国の過去には見られなかったような凄まじい勢いの反孔子闘争を展開し、それまでは神聖不可侵の存在であり“大聖至聖先師”とまで祭り上げられていた孔子ヤローに対し断固として非情なまでの鞭を揮った」。そこで農民大衆を啓発・啓蒙するため、洪秀全は反孔子闘争の色彩を鮮明に打ちだした物語を編んで、「“皇上帝”(じつは労働人民解放の化身)の権威を借り、孔丘の書が“間違いが多い”ことを徹底して明らかにした」

さらに人々の意識面での反孔子闘争を展開するため、「漢字改革を推し進め一定の成果を勝ち取ったことは、現在の文字改革工作を進める上での貴重な経験となった」――

洪秀全はキリスト教による貧民救済を打ち出す過程で儒教が中国人の意識・精神から切り離し難いことに気づき、儒教を利用するために「皇上帝」の3文字に思い至った。自らはキリストの弟として振る舞い、人間界に降臨して神の意志を実行する者と位置づけたわけであり、であればこそ「皇上帝」は「太平天国的反孔闘争推動了漢字改革」が敢えて注記する「(じつは労働人民解放の化身)」たる存在でないことは明らかだろう。

乱七八糟(ハチャメチャ)と牽強付会(コジツケ)が過ぎて呆れるしかないが、それでも「太平天国的反孔闘争推動了漢字改革」は最後を“約束通り”に纏めている。

「歴史的経験が明らかに証明しているように漢字改革を徹底しようとするなら、マルクス主義の正確な路線に基づく指導の下、断固として揺るぎない覚悟で反孔子闘争を推し進め、孔孟の道とは徹底して手を切り、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想によって上部構造を満たさなければならない。この任務は、偉大なる領袖毛主席と中国共産党の英明なる指導の下で、プロレタリ階級によって断固として完遂させるべきである。我が国における批林批孔運動を深化させ、より広範に、より持続的に展開させるに従って、文字改革工作も必ずやさらに大きな勝利を勝ち取ることができる」

文字改革、太平天国、批林批孔運動を強引に結びつけ、お定まりの「偉大なる領袖毛主席と中国共産党の英明なる指導」に収斂させてしまう辺り、どうにも身勝手極まりなく安直な歴史認識と断ずるほかはない。

『農民戦争史資料選注 孫思盧循伝注釈』(北京印刷三廠工人業余歴史研究小組 中華書局)は東晋末年に12年(399~411年)に亘って激しくも大規模に展開された農民蜂起の先頭に立ったものの、戦術と戦略の誤りに加え個人的利益に奔ったことで「優位にありながら劣勢の道を突き進み、ついには農民蜂起を葬ってしまった」孫思と盧循に関する伝記資料(『晋書 孫思盧循伝』)を、「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想の視点から真摯に分析・研究し、一連の農民蜂起を正しく歴史的に位置づけた」とする。

とはいえ一読すれば分かることだが、全編が相変わらずの善悪二元論――「搾取と困窮に苦しむ農民」VS「腐り果て、荒淫無恥な地主階級」――で埋め尽くされているだけに読み続けるのはシンドイ。だが単純で頑迷固陋な共産党式歴史認識が罷り通っていた時代であったことを語る“記念碑的書物”として記憶に留めくのも一興だろうか。

『淝水大戦』(施進鐘 上海人民出版社)は淝水の戦(383年)を、多くの勇壮なイラストと平易な文章によって現場中継さながらに描き出し、「弱小の東晋軍が敵方の錯覚と油断を利用し、強大な前秦軍を打ち破った」経緯を児童少年向けに問い掛ける。《QED》