【知道中国 2640回】                      二四・二・初七

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習306)

同じ3日、鄧小平は、毛沢東の甥っ子で“名代”として振る舞う毛遠新に呼び出されたものの、文化大革命の誤りを傲然と指摘したと伝えられる。逆さネジを喰らわせたわけだが、その場にいたわけではないから真相は藪の中。とはいえ当時の権力中枢の緊張関係からしてあり得ない話ではない。だとするなら、あるいは「毛沢東の威を借りたクソガキ程度が」と腹に据えかねた鄧小平による陽動作戦――「これだけキツく伝えておけば、きっと毛沢東の耳に入るはず」――とも考えられる。

下旬の北京において、中共中央は毛沢東の了解を取り付けた形で内輪の会議を開催し、「鄧小平に対する批判、右からの巻き返しに対する反撃」に関する対応を明らかにした。

1975年11月発行では、『呉起』(《呉起》編者組編者 上海人民出版社)、『賈誼伝注』(本社編 上海人民出版社)、『我們怎様読《紅楼夢》的』(武漢大学中文系七二級評《紅》組 人民教育出版社)、『中小学生読物 永做一朶向陽花 中小学生作文選(一)』(人民教育出版社)が手許に残る。

『呉起』は、紀元前440年前後の戦国時代初期に生きた「我が国歴史上の傑出した法家政治家で軍略家」とされる呉起の評伝である。既得権益勢力の奴隷所有階級に較べ、彼が頼りにした新興地主階級には限界があり、それ故に「法家思想に基づいて社会改革を進めた呉起の政策が挫折の憂き目に遭ったのは再三ならず。最終的に失敗してしまった」。だが「新興地主階級の傑出した代表である呉起は消し去ることのできない歴史的功績を挙げた」と強引に結論づける。

なにがなんでも法家は正しい――もうこうなると歴史ではない。誤解を恐れずに表現するなら、当時の共産党は“法家教の狂信徒”の集団だったのか。いや、そうに違いない。

『賈誼伝注』は、その俊英ぶりを評価され、前漢の文帝から招かれ、内外政策に関し献策した賈誼の評伝と『漢書』「賈誼伝」や彼の献策(「討秦論」「治安策」)などの詳細な注釈を収める。

その政治思想の淵源は儒家の正統に発していると一般的に評価されている賈誼だが、『賈誼伝注』では「歴史の経験を総括し、当時の法家思想を豊かなものにして発展させた」と位置づけられ、それゆえに前漢政権は「正しい法家路線に従って前進した」と高く評価する。

そして「偉大な領袖である毛主席が我が党のために定めた社会主義の全歴史段階における基本路線は、マルクス・レーニン主義の路線であり、我が党・軍と我が国人民が勝利から新たな勝利へと立ち向かう前途を指し示す輝ける灯火である」と結論づける。

ここで疑問が。二千数百年前の賈誼の事績と「我が党・軍と我が国人民が勝利から新たな勝利へと立ち向かう」ことと、いったい、なにほどの関係があるのだろうか。やはり法家教の狂信徒集団とでも考えない限り、どうにも辻褄が合いそうにない。

『我們怎様読《紅楼夢》的』は、①清朝時代に生まれた大長編小説『紅楼夢』は大貴族家庭内の恋愛小説ではない。②やはり没落が約束された旧階級と新興階級との間の激烈な階級闘争の一環として読むべきである。③自らの牙城としてきた古典文学研究部門をテコに、搾取階級は古典文学を資本主義復辟の温床に狙っている――と主張し、唐突にも「林彪のヤローは本も新聞も読まないし勉強もしない陰謀家であり野心家で、〔中略〕『紅楼夢』に登場する権謀術策を弄する陰謀家に特に興味を示している」と悪罵を投げつける。

かくて『紅楼夢』研究における「ブルジョワ階級、修正主義の傾向を徹底的に批判し、マルクス主義の評価を引き出し、プロレタリ階級独裁に服務しよう」との結論に至るのだが、こうなると箸の上げ下げにまで“階級的視点”が厳格に求められそうだ。《QED》