【知道中国 2607回】                      二三・一二・初三

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習273)

 1975年2月には『哲学社会科学基礎読物 儒法闘争史概況』(北京大学儒法闘争史編者小組 人民出版社)、『柳宗元論文選読』(北京大学中文系漢語専業七二級注訳 人民出版社)、『『孟姜女』是一株尊儒反法的大毒草』(貴県教育局・貴県工農師範編 広西人民出版社)が出版されている。

『儒法闘争史概況』が冒頭に「毛主席自らが発動し領導した批林批孔運動は、上部構造においてマルクス主義が修正主義に勝利し、プロレタリア階級がブルジョワ階級に勝利した政治闘争と思想闘争である。批林は批孔でなければならない。孔子批判を行わなければ林彪批判も徹底できない。反修正主義も徹底できないし、修正主義防止は保証されない」と掲げているところからして、当時、「上部構造」においては依然として批林批孔運動は継続される。いや、止めるに止められない段階に立ち至っていたと考えるべきだろう。

「毛主席自らが発動し領導した」とブチあげているゆえに、実態的には「毛主席自ら」が“打ち方止め”と発言しない以上、やはり止めることはできなかった。そうに違いない。

スターリン、ヒトラー、プーチン、習近平、金正恩をみるまでもなく、政策を一度打ちだしたら、失策が明らかになったところで引っ込めるわけにはいかない。カルビー製菓の「カッパえびせん」のように「止められない、止まらない」。これが独裁政治の宿痾だ。

 じつは『儒法闘争史概況』もそうだが、『柳宗元論文選読』にしても、これまで繰り返し取り上げてきた檄文紛いの論文の焼き直しとしか形容のしようはない。だから取り上げてみてもゲンナリさせられるばかり。だからすっ飛ばして先に進むこととする。

 孟姜女伝説は万里の長城建設に駆り出された夫の消息を求める孟姜女が主人公だ。苦労の長旅の果てに彼女に知らされたのは夫の死。彼女の嘆き悲しみに長城が崩れ、夫の亡骸が現われる。再会の喜びと別離の哀しさ――妻の貞淑振りを讃えるが、これを「儒教を尊び法家思想に反する大毒草」だと糾弾するのが『『孟姜女』是一株尊儒反法的大毒草』だ。

 なにも今さら始皇帝時代の万里の長城建設を舞台にした孟姜女伝説を持ち出すこともないだろうと思うが、そうではない。やはり断固として「大毒草」でなければならない理由が厳然としてあるわけだ。そのワケを以下に列挙すると、孟姜女伝説は、

 第1に、法家思想を政治に取り入れ中国統一をなした始皇帝をありったけの悪意を込めて呪詛している。

 第2に、中国人民にとっての歴史上の一大偉業である万里の長城建設を攻撃している。

 第3に、反動的な儒教に基づく礼教を鼓吹し、宗教、迷信、宿命論的観点、はては低俗趣味を大々的に鼓吹している。

かくて「すでに明らかなように、この反動的物語はヤツラによる尊孔反法の反動政治路線を推し進めるために、孔子ヤローの末流たちが悪辣の限りを尽くしてデッチ上げたもの」らしい。加えるに「叛徒、売国奴の林彪は、この反動物語を激賞し、1960年5月にはわざわざ山海関に出向き孟姜女廟を参詣しているほどだ」。かくて「大毒草」を徹底して根絶やしにし、「文化思想領域の隅々から孔孟の道に連なる猛毒をキレイサッパリと洗い流し、文化思想領域における一切の陣地を、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想によって永遠に確保し続けなければならない」との結論に立ち至ることになるわけだ。

俗にナントかとリクツは後から付いてくるとは言うが、それにしても孟姜女伝説をそこまで深読みし、難癖を付けるとは。なんとも不思議なリクツを思いつくものと首を傾げるしかないが、共産党史観が始皇帝は「法家思想を政治に取り入れ中国統一をなし」、万里の長城は「中国人民にとっての歴史上の一大偉業」と大讃仰しているということは、ここら辺りに習近平政権の「中華民族の偉大な復興」の淵源が感じられなくもない。《QED》