【知道中国 2558回】 二三・八・初一
――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習224)
なぜ広東語を母語とする圧倒的多数が住む香港で、中国で出版された『漢語?音広播講座』で全く同じ体裁(内容、頁数)のものが、しかも簡体字版で出版されたのか。じつは当時の香港では共産党系活字メディアであっても繁体字が一般的であったにも拘わらず、である。
規模、内容、期間からいっても共産党史上空前の政治闘争である文革に際し、一見して政治とは無関係と思える漢語(=中国語)の啓蒙書(文法、漢字改革、修辞法、発音など)を、しかも恒常的に出版し続けいたことは、これまでも再三に亘って指摘してきた。
ここで、これらの中国語に関連する出版物を並べてみるに、どうやら毛沢東の説いた「文字は改革されねばならないし、世界中の文字は共通の発音表記に向かわねばならない」とのゴ託宣が“定冠詞”のように掲げられていることに気づかされる。
敢えて誤解を恐れずに「共通の発音表記」を“翻訳”するならば、地球上に無数に存在する言語が固有に持つ文字を廃し、ローマ字表記で統一してしまえ、とはならないか。まさに野蛮で無謀な考えであり、言葉(=文字)に根ざす固有の文化(《生き方》《生きる形》《生きる姿》)を完全否定する暴論中の暴論と言っておきたい。
おそらく習近平政権が内モンゴルのみならず、全国の少数民族に向かって漢語教育の徹底――まさに少数民族に対する「文化的ジェノサイド」――を掲げる根拠は、彼ら紅衛兵世代の若く柔らかい頭の中に叩き込まれた毛沢東の教えから導かれているだろう。まさに「三つ子の魂、百までも」である。
1997年7月、イギリスの殖民地から中華人民共和国特別行政区へと「中国回帰」して以降、香港では「普通話(=中国語)」の励行が進められるばかりか、教育全般に中国との同化・一体策が強力に推し進められている。
2014年秋に勃発した「雨傘革命」以降の一連の“民主化運動”の発端に「粤語(広東語)を守れ」「豊かな文化的の培養土である粤語を死守せよ」「普通語(=中国語)は北方の野蛮な言葉を基本に無教養な共産党がデッチ上げたデタラメな言葉だ」といった一種の“粤語民族主義”とでも呼ぶべき文化運動があったことを敢えて指摘しておきたい。
あるいは香港三聯書店版の『漢語?音広播講座』は、広東語に“危険信号”が灯り始めた香港の現在を暗示していたのかもしれない。
1974年3月で残るのは『種子金燦燦』(潘昌仁 人民美術出版社)、『上大学』(郭凱 広東人民出版社)、『祝福』(魯迅 人民美術出版社)の三冊。ともに児童向けの連環画である。
旧中国で悪逆の限りを尽くしながらもしぶとく生き残った旧地主たちは、農民が粒々辛苦の末に産み出した高い収穫量の籾を盗み取ろうと画策する。だが、勇敢な小紅兵が見破り、農民を救う『種子金燦燦』。
旧中国で忍苦の生活を強いられた李大媽にとって労働者である息子が大学で学べるようなったのは、毛沢東のお陰であり、共産党政権による「為人民服務」の政策の賜だ。かくて李大媽は隣人や息子の職場の仲間を招き、毛沢東と共産党に感謝しつつ、“誉れの息子”を「革命の溶鉱炉」である大学に送りだすことになる『上大学』。
旧中国で女であるがゆえに苦痛と忍従の生活を強いられ、人間らしい生活を送ることのないままに窮死した祥林嫂の一生描いた魯迅の名作『祝福』。
3冊は共に旧社会の理不尽・非人間さ、それとは反対の毛沢東・共産党の素晴らしさを児童の柔らかい脳髄に刻み込もうとする。因みに『種子金燦燦』は50万部、『上大学』は13万部、『祝福』は200万部が出版されている。さて、どれほどの数の紅小兵世代が、これら連環画に教育・感化され、「毛沢東のよい子」たらんと励んだことだろう。《QED》