【知道中国 2532回】 二三・五・念九
――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習198)
もう少し我慢して読み進むことに・・・。
「長江の流れは東海の水に繋がり、港は続くアジア、アフリカ、ラテン・アメリカ。革命の深情を地球の果てまで届ければ、友誼の花は世界を包む」「五洲(せかい)の頸木を断ち切って、四海(せかい)のヘドロを取り除き、人間(このよ)にもたらせ天堂(きょうさんしゃかい)を。地獄(このよ)を劫火で焼き尽くせ」「天下(このよ)を一つに立ち上がれ。団結力はいよいよ強く、共に唱おう《国際歌(インター)》を。迎えよう、真っ赤な太陽が天下の隅々まで照らすその時を」
もはや毛沢東賛歌にゲップを超えて超満腹状態。なにをか言わんや、である。
そこで気分一新で、最後は毛色の変った『幾何』『代数』(上海人民出版社)の2冊を。後者は10月に出版されているが、ともに「青年自学叢書」の一冊として《初等数学》編写組の手で編まれているゆえに、同時に見ておくのがよさそうだ。
両書は「知識青年の初等数学学習を手助けするために」、「互いに補完関係を持って使用される」(「編者的話」)べく、批林批孔運動の本格始動直前の時期に出版されている。当時、失脚した林彪一派に代わる文革主流派として四人組が台頭していたが権力基盤は磐石というわけではなく、当時は権力の動揺期、あるいは空白期であったように思う。
『代数』(全422頁)は代数の初歩知識である実数の定義からはじまり、代数式、方程式と不等式、指数と対数、三角比、三角常等式、初等函数、数列、複数まで。『幾何』(全328頁)も図形とは何かから始まり、三角形、三角形の辺と角度、円、直線と円、放物線・楕円・双曲線、極座標、座標変換と二次曲線まで。
「初等数学」の基礎が懇切丁寧に記述され、そのうえ『代数』の前半を学んだ後に『幾何』の前半に移り、次に『代数』の後半を経て『幾何』の後半に及べば体系的・総合的に理解できるよう巧みな編集が施されている。
数学の教科書とはいえ、文革時代を髣髴とさせる内容がないわけではない。
たとえば二次方程式の例題に、「ある鋼管工場の労働者が革命精神を発揮し様々な困難を突破して革新的な変形シームレスパイプの開発に成功し、我が国の電機工業に大いに貢献した。鋼管の横断面は32cm×16cmでパイプの肉厚は同じ。切断面の面積を260平方㎝とした場合、肉厚を求めよ」とある。そこで解答は、求めるパイプの肉厚をxcmとし、(32-x)(16-x)=260なる方程式を導きxを求めよ、ということになる。
加えるに、所々にゴチック活字で目立つように毛沢東の著作から「人類における認識運動は個々の事例、特殊事例から出発し、認識そのものを拡大して一般的事物の認識に到達する」「客観的に見て現実世界の変化運動は永遠に完結することはなく、人類が実践活動において真理を認識することもまた永遠に完結することはない」などの言葉が引用されているが、どう考えても、数学的思考を敷衍し直接的に解説しているとも思えない。
こういった編集は数学の教科書としては、むしろ学習者を混乱さると思うのだが、そこにはある種の意図も感じられる。あるいは編者は毛沢東やマルクス、エンゲルス、それにレーニンの著作から数学と関係がありそうにみえる片言隻語を引用することで、自らの政治的意図・思想的立場を隠し、巧みに文革礼賛の風を装っているのではないか。こんな編集方針も見え隠れするが、ならば老獪千万と言っておこう。
文革は「専より紅」なる毛沢東の考えを強く打ち出す。「専(=専門知識・技術)」を持つ知識人を否定し、「紅(=過激な政治意識)」を持つ狂信的な毛沢東思想信者を求めた。かくして専門知識・技術を持つ知識人は社会にとってはゴク潰しとされ、社会的に冷遇された。だから2冊の数学書は、そんな時代の風潮に「異」を唱えたようにも思える。《QED》