【知道中国 2531回】 二三・五・念六
――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習197)
1969年10月とされる『関于孔子誅少正卯問題』の初稿完成時点で、林彪が毛沢東に刃向かい、不自然な死を遂げ、やがて孔子とワンセットになって批判されるなどとは、オシャカ様でも孔子でも想像できなかったはず。ともあれ批林批孔運動の“先駆”として出版されたわけだから、中国において出版が政治と連動するメカニズムはナゾ、謎、ナゾ!
『《国際歌》《三大規律八項注意》隷書字帖』(栄宝斎書店)はインターナショナル(国際歌)の歌詞と、毛沢東が定めた紅軍の規律(三大規律八項注意)を隷書で記した習字手本。
極めて尖鋭な政治闘争である文革の渦中で、隷書の手本を、しかも《国際歌》《三大規律八項注意》を掲げて出版することもなかろうに、とは思う。しかも、これが45万冊出版されているわけだから、やはり奇妙・奇態・妙・不思議としいかいいようはない。
だが2520回で扱った篆刻と同じで、《国際歌》《三大規律八項注意》を隷書体で墨痕鮮やかな雄勁に書した手本を出版することで、隷書という伝統(旧い文化)を頑なに護ろうとした、とも考えられる。「支配されながら支配する」の伝だが、それにしても45万部は多すぎる。この状況を、「文革は口と頭で、伝統は手と心で」とは表現できないだろうか。
9月で残るは『挑山担海跟党走』(湖北人民出版社)と『幾何』(上海人民出版社)である。
そこで先ずは前書を。
『挑山担海跟党走』の初版出版は1972年12月で、第2版が73年9月。時期的には林彪事件も公表され、四人組主導の国を挙げての林彪批判キャンペーンがはじまっていたはずだが、行間にそんな雰囲気は微塵も感じられない。毛沢東に対する徹頭徹尾の賛仰・賛歌、つまりゲップがでるほどの媚び諂い、拍馬屁(ヨイショ)である。
「工農兵詩選」と銘打たれたこの本には40編を超える労働者・農民・兵士による作品が収められている。当然のように最初の頁には、『毛主席語録』から次が引用されている。
「我らの文学芸術は凡て人民大衆のためのものだ。先ず労働者・農民・兵士のためのものであり、労働者・農民・兵士のために創作し、労働者・農民・兵士が利用するのだ」「文芸を革命機器全体における1つの枢要な構成部分としえたらな、人民を団結させ、人民を教育し、敵に打撃を与え、敵の有力な武器を消滅させ、人民が真情と道徳を一つにして敵と戦うことを手助けする」
そこで、『挑山担海跟党走』にみえる作品――それこそが「労働者・農民・兵士のために創作」され、「労働者・農民・兵士が利用する」「労働者・農民・兵士のため」の「文学芸術」であり、「革命機器全体における1つの枢要な構成部分」である「文芸」のはず――を鑑賞してみたい。
試しに書名となった長編詩「挑山担海跟党走」を選んでみるが、「山を背負い海を担って党と共に歩く」とは、なんとも稀有壮大で奇想天外な心意気だ・・・まあ、正気の沙汰とはいえそうにない。読み進むと、次々に繰り出される毛沢東賛歌にはウンザリするしかないのだが、そのウンザリの中に彼らの振る舞いの典型が隠されているようにも思える。
――「翻身(奴隷から人間に生まれ変る)したのも毛主席あればこそ、ご恩は海より深く紺碧の天(そら)より広く大きく、風に跨り波を切り前進する。嗚呼、革命路線の灯台よ」「労働者・農民は共産党にピッタリと寄り添って、魔鬼宮殿(あくまのやしき)を焼き尽くせ。東の空が紅蓮に燃え、雷の響き天を衝き、新しい天下(せかい)が生み出される」
「宝の本(『毛主席語録』)を開き道筋を探れば、革命航路に灯台が灯る。自力更生で港を築き、天より大きな困難もなんのその」「偉大な領袖毛主席、気高い心に巨きな気迫、文化大革命発動すれば、紅い暴風天下を揺るがす」「万条の紅河は渦を巻き、凡ての滓を流し去る。労働者階級が先陣競って闘い挑み、黒い陣営を蹴散らし進む」・・・ヤレヤレ。《QED》