【知道中国 2510回】 二三・四・初五
――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習176)
『怎様打算盤』は「『算盤を弾くこと」を『珠算する』ともいい、暗算や筆算と同じように一種の計算方法である。算盤という計算用具を使って計算することから、算盤をマスターするためには、先ず算盤を知らなければならない」という「認識算盤」の章からはじまり、次いで算盤の構造を学ぶ。
算盤の珠を囲む四囲を「框」、珠を上下に分かつ横棒を「梁」、7個の珠を貫く軸を「档」と呼び、珠は梁で上珠2個と下珠5個に分けられる。一番上が頂珠、一番下が底珠。上珠1個が5の位を、下珠1個が1の位を表す。
指の動かし方は、次のように説明されている。
下珠は親指の腹の部分で跳ね、人差し指の先端で下ろす。上珠を跳ねる場合は中指の爪の部分を、下げる場合は人差し指の腹の部分を使う。中国の算盤は上が2つ珠であることさえ押さえておけば、日本の算盤と大差はなさそうだ。
基本の次は実際に算盤の珠を弾くことになる。そこで、いくつか例題を拾ってみると、
■足し算:張大生は96担(1担は100斤。1斤は0.5kg)の糞を、李小山は35担を運びました。2人合わせて合計で何担を運びましたか。
■引き算:ある商店が持つ魔法瓶の在庫は昨日時点で334本で、今日は69本売れました。目下の在庫は何本でしょう。
■掛け算:解放前、張家村で収穫できた繰り綿は年平均で1畝(6.67a)当たり43斤で、現在の収量は解放前の3倍です。現在の1畝当たりの年平均収量は何斤でしょう。
■割り算:今年、先鋒農場で開墾した土地は80丈×93丈(1丈は3.3m)で総面積は7,400平方丈です。1畝を60丈四方として、何畝になるでしょう。
じつに難しい例題もあるが、珠の動かし方がイラスト入りで分かり易く解説されている。そればかりか毛沢東思想の有り難い教えも、押しつけがましい上にウソ臭い政治的解説も見当たらない。それだけに、先ずは申し分ない算盤の実用書ではある。それだけに、この時期に、なぜ、こんな本が出版されたのか。なんとも首を傾げたくなる。
『怎様打算盤』は、文革が始まった1966年に同じ上海出版社から出版された初版に手を加えた新版とされるが、敢えて想像を逞しくするなら、この本は来るべき鄧小平時代、つまり向銭看(=金銭万能)の時代を先取りしたのではなかろうか。
毛沢東の寿命も、この先、そう長くはない。将来を約束されていた劉少奇や林彪だって血祭りにあげられたのだから、いま権勢を誇っている四人組も程なく劉や林と同じ道を歩むに違いない。国を挙げて革命だ、政治だと愚にもつかないカラ騒ぎをしているが、市井に生きる無告の民からしたら我慢も限界を越えた。いずれ中国人は本来の中国人に戻り、商売に励む時代がやってくるに違いない。こんな願望が、やがて現実となる。
だからこそ早々と、今のうちから「怎様打算盤」――HOW TO SOROBAN――となるのだろうか。俗に「上に政策あれば下に対策あり」と言う。たしかにそうだろうが、それにしても、文革(政治)の暴風の真っ只中でソロバンとは、なんとも冷静の度が過ぎる。
不思議と言えば『初級刀術』も同じである。文革の色合いが全く感じられなくて拍子抜けがするばかり。こちらは大躍進が始まった1958年に国家体育委員会運動司武術科の手で編まれた『刀術練習』を下敷きにして、青竜刀を使った32の演武の基本型をイラストと簡潔な文章で初学者向けに分かり易く示してある。「刀術」とはいうものの、日本人がイメージする武術とは程遠く、敢えて言うなら青竜刀を使った健康体操に近い。
『怎様打算盤』と『初級刀術』を手に取ると、この時期の出版物とは色合いを異にし、一瞬ではあるが文革の喧噪と殺気立った雰囲気を忘れさせてくれるから不思議だ。《QED》