【知道中国 2505回】 二三・三・念三
――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習171)
社会主義の社会になれば物価が安定し、労働者の生活水準は一日一日と高まる。それというのも共産党による国家建設があるからであり、「新中国において物価が安定したことで、労働者は限りなく幸福な生活を実感している。解放以来20年・・・〔中略〕・・・市場の物価は安定し、人民元の威信は高まるばかり。西側のブルジョワ階級ですら『中国は世界でも稀な物価安定国家』と認めざるを得なくなったほどである」と胸を張る。
一方、『両種社会 両種貨幣』は、「人民元が国際金融市場の舞台に登場するや、全世界の革命人民から支持を得た。帝国主義は恐れ慄き、社会帝国主義は力の限り誹謗中傷する。・・・〔中略〕・・・かくて全世界に向かって厳かに宣言する。『我が中華民族は敵との血戦を徹底的に戦い抜く気概を持ち、自力更生を基礎にして旧い事物を盛時のように光り輝かせる決心を抱き、世界の数多い民族のなかに傲然と屹立する能力を持つ』(『論反対日本帝国主義的策略』)」と、説き起こす。
マルクスの科学的唯物史観によって、金銭の持つ万能の魔力は貨幣それ自体に備わったものではなく、商品の持つ社会体系にあることが明らかにされた。社会主義制度においては人が人を搾取することもなく私有制も消滅し、労働者が受けてきた労苦・忍従の根源も根底から取り除かれる。労働者・農民は自らの運命を自らが握り、生産に関する一切を掌握し貨幣すら支配できるようになった。
社会主義の社会になったとはいえ、商品の生産と交換は行われている。だから貨幣は存在し続ける。だが生産に関する一切が公有制に移行した社会であればこそ、貨幣がブルジョワの手に集められ、労働人民を搾取する手段に変質することは金輪際ありえない。党と国家が貨幣を社会主義の革命と建設の手段として用いることで、社会主義の生産体系を実現させる。
いいかえるなら、新中国の貨幣(=人民元)は誕生の瞬間から、これまでの資本主義社会における貨幣とは全く異なる使命を秘めていた。人民元は人民民主主義革命や社会主義革命を進め、国民党や帝国主義による金融支配との激烈な闘いの中で成長し、基盤を固めてきた。
建国から20数年、中国は貨幣の持つ機能を意図的に使って、それまで残されてきた工業製品と農産品の価格の間に見られる不合理な状況を改善し、工業製品と農産品の価格調整を成し遂げ農業生産の発展を促し続けた。農民の生産に対する積極性を大いに引き出し、農民の収入を拡大し、農民生活を改善し、労働者と農民の結びつきを強固なものにした。
――以上が『両種社会 両種貨幣』の主張だが、その最後を「現在、我が国は一に内債、二に外債、三に個人所得税のない社会主義国家なのだ」と結んでいる。
賃金、貨幣と続いたので、「三題噺」ではないが思い切って企業管理についての当時の主張を一瞥しておくのもよさそうだ。そこで『談談社会主義企業管理』(宮効聞等編写 上海人民出版社 1974年4月)の頁を繰ってみようと思う。
先ず目に飛び込むのが「確固とした企業管理は、工場企業の広範な労働者と幹部が常に関心を払わなければならない問題である。だが企業管理に正しく向き合うためには、マルクス主義政治経済学の原理を学習し体得しなければならない」という主張である。
次いで「企業管理工作において、我われは常に生産物の数量・品質・設備・機械・原材料など多くの具体的な技術や業務に関する問題に直面する。こういった問題の処理に当たっては往々にしてモノとモノ、ヒトとモノとの間に起こる問題だけを処理すればいいように考えられがちだが、じつはマルクス主義政治経済学はこのような関係の背後にヒトとヒトの関係、つまり一定の生産関係が隠されていることを教えている」と力説する。《QED》