【知道中国 252回】                                           〇九・六・念六

「愛国教育基地探訪(その14)」
                       ―「白事大全」・・・古くて新しいビジネス―



 唐山の街の中心から郊外に向かう道路沿いだった。やや時代遅れ気味の、没個性でこれといった特徴も装飾なども見当たらず、頑丈だけが取り柄のような集合住宅の1階部分である。防犯用の鉄格子が付けられたガラス窓に、墨痕鮮やかに「白事大全」「寿衣」「花藍寿衣」などと書かれた張り紙があった。翌日の秦皇島でも、ホテル近くに建つ集合住宅1階部分の窓に、同じように白地に、こちらは藍色で「殯葬大全」「制作遺像」「出租霊柩」「昼夜服務」「批発零售」の文字が見えた。

 中国では白事は葬儀で寿衣は経帷子。ついでにいえば婚礼は紅事。まさか一般の集合住宅で葬儀屋を経営することはないだろう。かりに営業しようと計画しても、近隣の住民が許さないのではなかろうか。とはいうも看板を掲げている以上、やはり経営しているのか・・・などと思いながら、翌早朝、朝食前にそこに行ってみると、確かに葬儀屋である。

 入り口はどこだろうと壁に沿って横に回ると壁が不細工に打ち抜かれ、出入り口が設えてあった。見た目には如何にも素人のやっつけ仕事。おそらく葬儀屋の経営者が自分で細工をしたんだろう。それにしても日本において、極く普通の集合住宅の1階で隣の住人が葬儀屋を営業します。職業選択の自由は憲法に保障されています。つきましては、こちらの壁を客の出入り用にブチ抜きますのでご了解くださいといっても、許されるはずもない。だが、ここは中国である。確かに、なんでもアリだった。

 入り口のドアは閉まったまま。「昼夜服務」の看板に偽りがあるのか。それとも朝早くから仕事に出かけているのだろうか。通りがかりの何人かに声を掛けると、怪訝そうな様子だったが、こちらの質問に快く応えてくれた。住居専用集合住宅で隣人が葬儀屋を開業するなどということは日本人的感覚からは受け入れ難いというと、誰もが別に気にならない。気にする方がおかしい。白事を殊更に忌み嫌う必要はないだろう、と。

 「白事大全」「殯葬大全」は葬儀一切承ります。「制作遺像」は遺影の制作だろうが、なにやらエンバーミングも含まれているようだ。「批発零售」は葬儀用品各種小売致します。どうにも判らないのが「出租霊柩」である。文字をそのまま訳せば棺のレンタルということだが、まさか、なんでもアリの中国でも・・・。そこで問い質すと、レンタルするのは冷凍装置の付いた特別の棺。一般人でも1週間は続く葬儀の間、生前の姿を留めておきたいという遺族の願いから使うようになったとか。まさか・・・そこで昨年7月に貴州省で起きた暴動を思い出した。水死した少女の死因を巡る当局の対応に住民の不満が爆発し御定まりの公安局(警察署)襲撃に発展した事件だが、遺族は強い抗議の意思を表すべく少女の遺体を冷凍装置付きの棺に納め、死体が発見された河原に粗末なテントを組み10日間ほど安置した。当時の模様を伝える現場写真を見返すと、透明のプラスチック蓋に覆われた棺の中の少女が権力者の横暴と不正義を無言で糾弾する姿が浮かび上がってくるようだ。

 そういえば昨年春の湖南省旅行でも、市街地といわず農村といわず、工事現場の塀や田畑の中の電柱に電話番号入りの「防腐屍体」と書かれたビラが貼ってあるのを数多く見かけ、何のことやらと首を傾げたことがあるが、秦皇島の「出租霊柩」で疑問氷解。

 それにしても恐れ知らずのベンチャー魂には、ホトホト頭が下がります。(この項、続く)  《QED》