【知道中国 201回】 〇八年十ニ月念三日
―やはり「過去を忘れることは裏切りに等しい」のである―
『雲夢沢の思い出』(陳白塵 凱風社 1991年)
文化大革命時代、毛沢東は肉体労働の尊さを学習させるべく、農山村に作った「五七幹部学校」に都市の役人や知識人をブチ込んだ。幹部学校とは名ばかり。昨日まで筆記具や書類より重いものを持ったことのなかった彼らは鋤や鍬を持たされ、劣悪な居住環境のなかで日々過酷な肉体労働を強いられる。テイのいい労働改造農場。にもかかわらず彼らは「農村に根をおろして一生暮らす」と健気にも毛沢東に誓う。長いものには巻かれるべし。
この本は、その昔、秦の始皇帝がはるばる咸陽から遊びにやってきたと伝えられる湖北省雲夢沢に置かれた五七幹部学校に放り込まれた著者が、その苦しかった日々を綴ったもの。自らに降りかかる過酷な運命を笑い飛ばそうとする諧謔の度合いが増すほどに浮かび上がってくるのは、彼が嘗めざるを得なかった体験の悲惨・深刻・滑稽さである。
たとえば1971年秋、それまで毛沢東の「親密な戦友」であり、憲法で後継者と定められたはずの林彪が毛沢東暗殺を企てたが失敗。ソ連逃亡途中のモンゴル上空で墜落死したとの情報が伝わるや、「幹部学校の人心は揺れ動いていた。誰ももう農村に根をおろして一生暮らすなどという大言壮語はしなくなった」という。
それはそうだろう。昨日まで共に力を合わせて文革を指導してきたはずの「偉大なる領袖」と「親密な戦友」の間で命のやり取りがあったということだから、中国の前途は暗澹。文革の先行きは全く不透明。はてさて元の職場に復帰できるのか。誰もが浮き足立つ。このまま「農村に根をおろして一生暮らす」なんて、心の底から信じてなんかいなかったからこそ我先に元気よく大言壮語しただけ。
本当に「農村に根をおろして一生暮らす」こととなったら人生、お先真っ暗だ。誰だって尻込みしてしまう。「農村に根をおろして一生繰らす」などというのは、自分こそ《毛沢東の偉大なる教えを実践し肉体労働を厭わず自己犠牲を恐れない人民に生まれ変わり文革を勝利に導く戦士》であることを装っての常套句。時の勢いに浮かれた口から出任せの過激なスローガン。誰も、そうなりたいわけがない。そこで著者は「十億の人民の魂がみないじくりまわされたのだ」と文革を総括してみせる。
巻末の「子供が見た『五七幹部学校』」と題する解説で、「『過去を忘れることは裏切りに等しく』『過去を忘れれば二度目の苦しみをなめる』のである。中国人は常に『過去の苦しみを思う』必要がある。前のことを忘れず、後のことの師とすべきである」と文革を振り返る。「前のことを忘れず、後のことの師とすべきである」。どこかで聞いたことがあると思ったら、北京の指導者が日中戦争について日本側に訓戒を垂れる折の“決め台詞”だ。
最近、中国では共産党独裁終結を求める「08憲章」への署名がインターネットを通じ民主派活動家のみならず少数民族の間にも静かに広がっている、とか。憲章は共産党独裁が「中華民族の発展を束縛している」と告発するが、憲章賛同者は共産党独裁が終結した暁に如何なる「中華民族の発展」の姿を描くのか。中華民族が歩いた近現代史の全ての原因を他に求め、ひたすら被害者を演じ続けることに陶酔しようとするなら、それは共産党の唯我独尊的歴史認識と五十歩百歩。
確かに文革は民族の不幸だっただろうが、原因の全てを毛沢東や林彪・四人組だけに負わせて知らん顔はないだろう。だから「大言壮語」した中華民族に「前のことを忘れず、後のことの師とすべき」ことを切望するのデス。 《QED》