【知道中国 185回】 〇八・九・初七
「郭晶晶」―郭晶晶にとっての政治
中国人と政治の関係について考えていた時、格好の一例が浮かんだ。今回の五輪の水泳飛び込みで金メダルを獲得した美女の誉れ高い選手、そう郭晶晶のことである。
五輪を前に「妊娠。五輪出場辞退」の噂が流れたことを覚えているだろうか。当時、相手として名指しされたのがオックスフォード大学に学んだ香港の青年実業家・霍啓剛(ケネス・ホック)。父親は実業家の霍震霆(ティモニー・ホック)。体育協会とオリンピック委員会で会長を兼務する香港スポーツ界の重鎮だ。香港の議会に当たる立法議会議員を務めると同時に中国で参議院的権能の全国政協に香港地区代表委員の議席を持つ。
なにはともあれ香港では超有名な大富豪なのだ。世界的飛び込み選手と息子との関係をメディアから問われ、霍震霆は「微笑ましいことだ」と応えていた。北京五輪の表彰式で郭晶晶の首に金メダルを掛けたのは、“未来の義父”だった。出来レースと首を傾げたくなるが、なにはともあれ超富豪の御曹司である霍啓剛と結婚した場合、郭晶晶は黙っていても香港の超富豪家庭で何不自由のない生活を送ることになるはず。目出度しメデタシ、玉の輿。
さて、ここからが政治ということになるだろうか。
今年1月、霍啓剛ら若手実業家が中国の貧困層に対する各種職業教育支援を掲げ百仁基金会なる慈善団体を結成したが、中国側カウンターパートは中共中央統戦部だ。中核メンバーの父親や祖父は北京ペースの香港返還に積極的に協力し、その見返りとして大々的に中国ビジネスを展開してきた香港の大企業集団の総帥。ギブ・アンド・テイク。いわば「一国両制」の勝ち組ということになる。しかも例外なく親族に全国政協委員を持つわけだから、北京との政治的結びつきは磐石。いわば百仁基金会を手土産に、霍啓剛ら香港の「太子党」も父親・祖父世代に倣って、「今後とも宜しく」と北京とパイプを繋いだのだ。これからも北京と友好関係を維持し一国両制の勝ち組であり続けようという魂胆は明白だろう。
ここで注目は霍啓剛の祖父に当たり、06年10月に北京で亡くなった霍英東(ヘンリー・ホック/1923年生まれ)である。彼は全国政協常務委員、全人大代表、香港基本法起草委員、港事顧問、全国政協副主席などの政治ポストを歴任する一方、香港で不動産開発を中核にした霍英東集団を創業し、晩年は生まれ故郷である広東省の珠江デルタに広がる南沙地区を、北京の全面的支持を背景に総合開発し経済開発拠点に大変貌させようと執念を燃やしていた。一貫して「愛国商人」だったからこそ可能な大プロジェクトである。
彼が「愛国商人」のお墨付きをえたキッカケは朝鮮戦争だった。北朝鮮に加担したことで欧米から経済制裁を受け建国直後に窮地に陥った共産党政権を、国家建設のための資材や戦略物資を香港から密輸することで救った。つまり「井戸を掘った」のだ。
60年代には裏社会の大親分らと手を結びマカオでカジノ経営をはじめ、そのアガリを香港での不動産投資に回した。なにせ彼は「愛国商人」である。背後には北京、ということは人民解放軍が控えている。裏社会であっても、彼に歯向かえるはずがない。香港とマカオの返還に際しては早くから有力企業家を束ね、北京の返還作業を積極的に支援した。
長い間、癌に悩まされ続けた彼の日常生活は、北京が用意した中国最高の医療スタッフによって守られていたのである。ここからも、彼と北京との深い関係が見て取れるはずだ。
霍啓剛に備わった莫大な“政治的資産”を、郭晶晶が見逃すわけがないだろう。 《QED》