【知道中国 619回】                       一一・八・仲四

――いくら勉強してもねえ・・・

『算術 小学教師進修用書』(兪子夷編著 浙江人民出版社 1955年)

 

56年2月、ソ連ではフルシチョフが秘密演説を行い、スターリンを全面的に批判した。2ヵ月後の4月5日には「人民日報」はスターリンによる個人崇拝を「重大な誤り」と認めたものの、ソ連の進めるスターリン全面否定には同調することはなかった。これが後に国境軍事衝突にまで発展する中ソ対立の遠因の1つとなるわけだが、この年の1月に中共中央は知識人問題に関する会議を開き、「世界の先進科学水準に速やかに追いつくよう奮闘せよ」と呼び掛けたのである。

建国から7年、朝鮮戦争終結から3年。いよいよ国家建設に本腰を入れようとし、改めて科学技術の立ち遅れに気づいたのかもしれない。かくて「基礎教育である小学校教育の質を高めることは、中学・高校教育の質を根本的に高めることである。算数に関する教学は小学校においえ重要な位置を占めているばかりか、これまで誰もが重視してこなかったことから、極めて低いレベルのままであり、今後は可及的速やかに質を高めなければならないことは疑う余地はない」(「編著者自序」)ことから、この本が編まれたことになる。

目次を見ると、整数と筆記鋒法からはじまり、加減乗除、倍数、比例、平均、度量衡、数の分解、最大公約数、最小公倍数、分数、通分、分数の加減乗除、少数、比例などが系統的に極めて詳細に解説され、同時に小学生が実際の日常生活の中で算数的思考を身につけられるよう教育すべく工夫がなされている。そこで応用問題のいくつかを挙げてみたい。

■ある工場には6つの作業場があります。第1,2,3の作業場には全部で210台の旋盤が備えてあり、第4作業場は第1作業場より15台少なく、第5作業場は第2作業場より21台多く、第6作業場は第3作業場より10台少ないです。6つの作業場を合計すると工場全体では何台の旋盤があるでしょうか。

■3つの農業生産合作社は余った1250袋の食糧を国家に売ることになりました。乙合作社が売った量は甲合作社の2倍で、丙合作社が売った量は甲と乙の合作社の合計より350袋多いです。3つの合作社が売ったそれぞれの量を求めなさい。

■ある農業合作社は木炭14俵を売りました。1俵は3元4角でした。このお金で共有財産として竹製品と鉄器を買いました。竹製品の値段は鉄器の6分の1でした。それぞれの値段はいくらでしょうか。

■2組の道路補修隊が道路の両端から同時に工事をはじめました。そのスピードは甲隊が毎日2里で、乙隊は3里です。4日後には2つの補修隊の間の距離は35里でした。彼らが補修する道路の長さは何里ですか。

■ある労働者の1年の給与は、最初の3ヶ月が毎月43元、次の5ヶ月が毎月46元、最後の4ヶ月が毎月47元5角でした。1年平均すると1ヶ月当たりいくらでしょうか。

「真っ白な紙にはどんな絵も描ける」とは毛沢東の弁だが、小学校算数の応用問題に工場、農業生産合作社、農業合作社、道路補修隊、労働者を登場させ、小学生という「真っ白な紙に」社会主義社会の理想郷を描こうとしたのだろう。だが、4500万人余といわれる餓死者を出した大躍進が2年後に、挙国一致して狂いまくった文革が10年後に待ち構えていた。じつは社会主義の理想郷とは真っ赤な偽りであり、実態は“この世の生き地獄”でしかないことを、ほどなく少年たちも思い知らされる・・・こんなハズじゃあ。《QED》