【知道中国 1001回】 一三・十二・初三
――「賢すぎる支配者」による愚かな国家・経済運営の末路
『中国自壊 賢すぎる支配者の悲劇』(増田悦佐 東洋経済新報社 2013年)
中国の現在を「史上最大・最強のケインズ主義国家」と捉える著者は、歴史的にも現在も中国は「賢すぎる支配者」によって統治されてきた。そこに中国が抱えた最大の問題が隠されていると主張し、歴代の「賢すぎる支配者」は自らの地位を守るために巧妙極まりない社会的構造を築いてきたと指摘する。
そこで、著者がGDP至上主義の虜となっていると熱っぽく説く現在の中国経済の構造を、著者の分析に従って解き明かしてみると――
現在の共産党指導部は、人民の生活水準をほとんど上げずにGDPを拡大させる装置として国有企業を位置づける。たとえば経済の合理性では説明がつかないほどの粗鋼生産量を達成しているが、それはGDP拡大のためには「投資のための投資」という“愚行“を繰り返さねばならないからだ。そこで共産党最上層を形成する「賢すぎる支配者」は、「国有企業の株は絶対に無価値にならないような市場」の形成に腐心し、かくて「既得権をもった連中が貧しい大衆からカネを巻き上げるシステム」が生まれてしまった。
やがて「大きな国有企業で、上場後もしっかり国が経営権を握りつづけるような仮面株式会社がどんどん上場を果たす環境」が醸成され、あっけないほど簡単に大富豪がつくり上げられてきた。「上場直前に、資金は全額貸し付けで、割安で株を買わせてやる。上場後のしかるべき株価がついたところで、貸しつけておいたカネを返済するに必要な分だけ、株を売却させて残った株はそのまま時価評価で貸してやった人間のところに残させる」。こうして温家宝前首相に典型的に指摘されているように、天文学的な数字の並んだ資産が「賢すぎる支配者」の懐に転がり込むというシステムである。
「株式市場が、権力者とその取巻き連にとって、自分たちの社会的な権威や影響力をカネに換えるシステムになってから、もう一世代に相当する歳月が過ぎている」。これが中国経済の現状であり、しかも現在の「賢すぎる支配者」である共産党指導者は、封建王朝時代の「賢すぎる支配者」が極めて限られた郷紳と呼ばれる地主階層を基盤とし、科挙試験によって権力の階段を上り詰めたと同様に、「太子党」やら「共青団」と呼ばれる極めて限られた社会階層が基盤だ。かくて権力と財力が一握りの権力集団に集中する権貴体制が経済活動全般を壟断し、社会全体にとてつもなく大きな影響力を発揮し続けることになる。
――以上が、「賢すぎる支配者」が自分達のために作り出した構造であり、それを根底から支え「身分差別」を固定化しているのが「戸口制度」と呼ばれる人民管理制度なのだ。
では、なぜGDP至上主義経済が世界経済を牽引するのか。「共産党独裁下の中国で初めての平和的な政権交代が、ちょうどドットコムバブル崩壊直後にあたって、世界中が投資マネーの登場を心待ちにしていた時期だった」からという辺りに、答が隠れているらしい。
「史上最大・最強のケインズ主義国家」だから、中国の「賢すぎる支配者」は今後ともGDP至上主義経済を強引に推し進めるだろうが、いずれ自壊する――著者の主張も一種の仮説であり、中国語でいう「信不信由你(信じるか否かは本人次第)」ではある。だが、「中国全土が一つの経済圏を形成しているという無邪気な思い込みにとらわれすぎている」という指摘は、中国の社会経済の今後を考えるうえで深く留意しておくべきだろう。《QED》