【知道中国 1199回】 一五・二・初九
――「弟姓源、名春風、通稱高杉晋作、讀書好武」(高杉5)
高杉晋作「遊淸五錄」(『高杉晋作全集』昭和四十九年 新人物往来社)
太平天国軍の上海攻撃を防ぐために「支那人英佛人に頼」んだが、「其軍費何國より出すか」と尋ねると、「英人云、軍費我自だす、支那人云、自我贖ふ」との答が返って来た。イギリス人と中国人の双方が共に我が方の出資だと。そこで高杉は「不分明也」と。
高杉は上海で出会ったアメリカ商人に対し、「弟近日讀英書、未得與人談、日夜勉強、他日再逢、欲得與兄能談(最近は英書を読んでおるものの、会話は不如意でござる。日々勉学に励み、次回面談の折、貴公とは話ができるよう努める所存なり)」と語っている。行動を共にすることの多かった中牟田は英語ができたから、おそらく中牟田がイギリス人から「軍費我自だす」という答を引き出したのだろう。
これに対し中国人からの「自我贖ふ」との回答だが、中国人との筆談を纏めた「外情探索録巻之貳」の冒頭で、「我日本書生、少解貴國語、問答憑筆幸甚々々」と記しているところからして、「自我贖ふ」は高杉自身が筆談で聞きだしたはずだ。
以下、「外情探索録巻之貳」に従って、中国人と交わした興味深そうな会話を綴ってみたい。なお、■は高杉、●は中国人(複数)である。
■貴邦、近世の豪傑は誰。嘗て林則徐、陳化成は頗る英傑たりと聞く。信ずべきや否や。
- 則徐は陳成に比し更に勝れたり。
■イギリス、オロシャ、メリケン、フランスの「五國之裏、孰れの國を以て強と爲すや」。
- オロシャが最強である。
(イギリス、オロシャ、メリケン、フランスでは4ヶ国のはずだが、原文は「五國之裏(うち)」となっている。高杉はオロシャ最強の理由を問い質そうとしたが、幕吏帰館の知らせがあり、「予、即ちに匆々に筆を投げ去る」)
■上海におられる「隱士逸民」につき、その名前をお教え願いたい。
- 当地は海浜の地にて「俗人」が多い。世を逃れ隠れ住む者も敢えて名前を隠し、ただ金銭を求めるのみ。
■孔子の教える聖道は、かつては盛んだったが今や衰えてしまった。慨嘆するばかりだ。
- まさに、その極み。金銭のみが命であり、恥ずべき限り。笑うべく歎くべし。
■(外出中の名倉を訪ねてやってきた中国人に対し)名倉は出掛けたので再度お越し願いたい。ところで弟もまた時事を談ずことを好む。然るに此こは我が国俗吏の所在、故に默す。姓名と居處を書して去らんことを請う。
- 姓名と貴国における役職をお尋ねしたい。
■弟性(おそらくは「姓」の誤記)は源、名は春風、通稱は高杉晋作、書を讀み武を好む。常に貴邦の奇士王守仁(=王陽明)の人と為りを欽慕す。
■兄、讀書人と聞く。今、賊亂を避け此の海隅地に居す。その心中、思う可し。
- 旧冬より長毛賊を避け此こに至る。今春三月、家屋は既に焚焼され、家中の書籍金石圖畫は一併(すべて)が空(うせ)たり。惨憺たる様は言い難し。
■これを聞くに、人をして潜然(ふかくしずか)に落涙せしむ。貴邦、堯舜以來堂々正氣の國、而るを近世區々として西夷の猖獗する所たるは則ち何たるか。
- いま國運は凌替(すたれ)る。晋の五胡、唐の回訖、宋の遼金夏、千古は同じ慨きなり。(清もまた、夷狄に滅ぼされた晋、唐、宋と同じ運命を辿る)
■國運の凌替るは君臣、其の道を得ざるの故、君臣其の道を得れば、なんぞ國運の凌替かあらん。貴邦、近世の衰微、自ら炎(も)やすのみ、これを天命と謂(い)わんか。
「貴邦、近世の衰微」は自業自得であり、天命だ・・・高杉、よくぞ言った。《QED》