【知道中国 1186回】                       十五・一・仲五

――「我國萬世一統。所以冠萬國也」(日比野13)

「贅肬録」「没鼻筆語」(東方学術協会『文久二年上海日記』全国書房 昭和21年)

 

学校制度、私塾での教育内容、官吏の職務規定、度量衡制度、関羽信仰の実態など多岐にわたって質問しているが、やはり最も強い関心を寄せていたのは太平天国の動向だった。すでに英仏両国は共に5000人の兵を上海に駐屯させ、さらなる増強を目指していた。一問一答形式で筆談の概容を示す。なお原文では太平天国を「長毛」「賊」「長毛賊」と記しているが、ここでは一律に太平天国としておく。

 

  • 太平天国軍が恐れるのは英仏のどちらか⇒双方を恐れるが可動式の大砲を持つフランスをより恐れる。彼らは勇ましい宣伝をしているが、上海進攻は出来ない。彼らが悪逆非道をなせば、百姓(じんみん)は力を合わせて撃退する。

 

  • 太平天国の指導者とその性格は⇒忠王と英王の2人。前者の性格は「笑裡蔵刀」、後者は項羽のように「拙燥」。(ということは忠王の残忍冷血に対し、英王は短慮激情タイプといったところだろう)

 

  • 彼らの出自と混乱醸成の原因は⇒彼らの前身は「小醜(チンピラ)」で無礼者だ。食糧強奪を企てたが県知事に阻止されため、「蟻(無知蒙昧な輩)」を煽り、各所で火を放ち、悪事の限りを尽くした。各地の人民は大いに被害を被ったが、逃げ延びることができなかった人民は酷使され、少女は汚され、富める者は財産を巻き上がられた。中国は広く人民も多い。だから被害は広がった。(ここに示された太平天国の説明からして、なにやら太平天国が毛沢東の共産党に重なってくるようだ。であればこそ、共産党史観では太平天国は「乱」ではなく「農民革命」ということになるわけだ)

 

  • 指導者は明の末裔か⇒違う。広西の石炭鉱山の出身で「大明朱氏之苗裔」にあらず。

 

  • 賊の害には実に憎むべきものがある。彼らは人肉を喰らっているとのことだが、その罪は許し難い。

 

  • 賊は猖獗を極め十省にも及んでいる。上海から十里離れたら悉く賊といった情況にあるにもかかわらず、なぜ討伐の兵を出さないのか⇒我が「中土(ちゅうごく)」は武事(いくさごと)を廃してから久しい。

 

  • 「地廣人衆」だから「武将強卒激烈之人」がいないわけはないのに、賊の勢いが盛んだということは、適材を選べないからか⇒現下の役人の関心事は戦での論功ではなく、「財帛(カネ)」だ。文武両道の有為の士は退けられる。(ということは役人――現在でいうなら幹部の関心事が専ら「財帛」にあったとしても何らの不思議はないということになる。伝統だからだ)

 

  • 英仏の兵士を借りて太平天国軍を防ごうとする意図は⇒彼らと共に守るだけだ。

 

  • 太平天国の頭目は誰か⇒楊秀清と洪秀全で2人は天王を補翼している。逃亡者の言では2人の間に「太平天国天王之位」と書かれた神位が置かれ、7日に1回の礼拝がある。(太平天国のキリスト教と儒教を混ぜ合わせた教義に拠れば最高神は「天王」となり、週一回の礼拝となるわけだ。なお原文では楊秀清について「瞽目占卜の出身。すでに死亡。洪秀全の嫉妬から殺された」と注記)

 

  • 太平天国に奪われた地域の民は何をしているのか⇒太平天国の勢力圏と貿易をする際は、フランス兵に守ってもらう。上海人の場合も、また同じだ。

 

  • 最も安全な地方は⇒広東・四川・雲南だが、最も安全は東洋で親友の5家族も去年移住した。東洋には唐人会館があり,我が国貿易関係者の多い。英国人も出掛けて行っているし、東洋

という地名は憧れだ。(東洋とは、日本)《QED》