【知道中国 1179回】                      十五・一・初一

――「我國萬世一統。所以冠萬國也」(日比野6)

「贅肬録」「没鼻筆語」(東方学術協会『文久二年上海日記』全国書房 昭和21年)

 

丁髷と同じように、いや、それ以上に興味を持たれたのが日本刀だった。

 

ある日、友人宅に赴くと「刀子(コガタナ)ヲ出シ大ニホコリ云フ」には、これは日本の刀というもの。鋭さは如何、と。そこで日比野は笑いながら、「我國刀釼ノ利ナル萬國ニヒイヅ、兄シルトコロナリ」。以下に双方の遣り取りが綴られているが、その場の雰囲気を想像しつつ、翻案してみたい。

 

――「貴公の手にする刀子ごときは、紙を切り木を削るほどのナマクラものにして、敢えて利鈍を論ずるまでもないものでござる。我が腰のもの、これこそが真の日本刀と申さば、ひとたび鞘を払えば虎が吠え、如何な猛獣であろうが、斬り棄てるも思うが儘。貴国古代第一等の名刀と誉れ高い干将莫耶に勝ること数十等」。すると友人は不機嫌な様子。しばらくして、「この刀子、いくらアルカ」。そこで日比野は笑いながら、「日本刀なれば百金、あるいは千金に値するものしにて、貴公のそれは価値なしと申すしかなかろうて・・・」。いよいよ不機嫌になり、ならば刀を見せてくれ、と。

 

日比野は真顔になって、「我が国にては、妄りに鞘を払うことを禁じており申す。ひとたび鞘を払えば、必ずや鮮血を招き寄せ申す。貴公、さほどまでに血を見たいと申すか」。いよいよ不機嫌な友人は押し黙り、自分の手のなかの刀子を弄り回すばかりだった――

 

その後を日比野は、「實ニ我刀釼ハ格別ニテ、市間ノ傳言ヲ聞クニ、日本人ハ温和ニテ親シムベシ、タゞ腰間ノ物ニ近ヨルベカラズト」続ける。

 

ある時、フランス人が近づいて来て刀を抜く手真似をしてみせる。刀を見せてくれということだろう。余りいい気持ではないが、小事に拘ってもいられないし、言葉も通じない。そこで仕方なく、「鞘ヲ半バ脱シ一人ノ面前ニイタス。彼大イニオソレロヘ四五尺トビ退ク」。キラリと冷たく光る鋭利な日本刀に、さぞや胆を潰し魂消たことだろう。

 

上海での交易の可能性を探ろうとした当初の目的は達成されなかったようだが、中国人の間に「日本人ハ温和ニテ親シムベシ、タゞ腰間ノ物ニ近ヨルベカラズト」のイメージを植え付けた千歳丸の派遣は、予想外の副産物を生んだようだ。

 

副産物といえば、第2次アヘン戦争(1856年~60年)における英仏連合軍の戦法を知ったことも、その1つといえるだろう。日比野は「余感慨ニタへズ。カノ天津ノ戰ヲ聞クニ」と、戦場での英仏軍の様子を綴る。

 

天津で迎え撃つ清国軍は「ミナゴロシニセント」、砲台・地雷などで万全の態勢を整え英仏軍の上陸を待った。ところが、その地に住む中国人が先祖伝来の土地が戦場になることを恐れたのだろうか、清国軍側の軍機を英仏軍に漏らしてしまった。そこで英仏軍艦は「清軍ノ攻擊ヲ恐レ、高ク白旗ヲ掲ゲソノ中ニ『免戰(戦闘回避)』ノ二字ヲ書シ、カタハラニ『暫止干戈、兩國交和(暫時戦闘休止、双方講和のテーブルへ)』ノ八字ヲ書シ、又和約ヲ以テ清軍ヲ欺ク。清軍ソノ術中ニ陥リ更ニ攻擊セズ。〔中略〕夷艦遽ニ清軍ヲ轟擊ス。ソノ勢大イニ張ル」。かくて英仏両軍の前に「清軍大敗ニ至ル」ことになった。

 

ある中国人が己の目先の利のために敵に通じ、防衛機密を漏らしてしまった。英仏軍が「免戰」とか「暫止干戈、兩國交和」とか書いた「白旗ヲ掲ゲ」、さらには話し合いを提案してきたら、攻撃を手控えるのは当然だろう。ところが、それこそが清国軍を欺く戦法だった。かくて「英法志ヲ得テマスマス進ミ、清軍大敗に至ル」。とどのつまり清国は、英仏両国に莫大な賠償金を払う羽目に陥ったというのだ。

 

狙った獲物を得るためには卑怯極まりない戦法でも構わない。先進文明国を揚言する一方で貪欲な侵略意図を愈々露わにする英仏両国の次の狙いは・・・危ういぞ、日本!《QED》