【知道中国 2407回】                       二二・八・仲五

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習73)

筆者が香港に到着したのは1970年の秋。当時、香港には商務印書館、中華書局、三聯書店、南方書店などの中国系書店があり、いずれも店頭は大陸で出版される文革派の“紙の爆弾”で溢れかえっていた。数多く足を運んだのは三聯書店と南方書店であった。かくして文字通り掛け値なしに、手当たり次第に買って、買って、買いまくった次第である。

本題に入る前に先ず押さえておくべきは、70年を境にして文革もさることながら中国の進むべき方向が大きく切り替わった点だろう。それまで劉少奇・鄧小平を頂点とする実権派打倒で団結していた文革派であったが、劉少奇失脚後、棚上げにされていた国家主席ポスト復活、さらに対ソ問題とは表裏一体の対米関係の取り扱いについて意見の対立が顕在化してきた。となると、それでは文革とは何だったのか。厄介なことになったものだ。

国家主席復活に関して毛沢東は反対で、林彪は積極推進派。対米関係構築に毛沢東は強い意欲を示すが、林彪はむしろソ連との関係修復・構築に前向きだったようだ。「ようだ」と曖昧にしておくのは、翌71年9月に発生したモンゴルでの林彪夫妻墜落死を含む「林彪事件」によって一切の真相が封印されてしまっているから。つまり「死人に口なし」である以上、目下のところは共産党の公式見解を記しておくしかなさそうだ。

それに拠れば、年初から林彪とその周辺は、毛沢東に対し国家主席の復活と毛沢東の国家主席就任を呼び掛ける。だが3月17日開催の中共中央工作会議において、毛沢東提案の国家主席不設置が承認されてしまう。これ以後も林彪陣営からの働きがあったようだが、毛沢東の考えは国家主席不設置で一貫していた。その裏に、毛沢東後継を早期に確実にしたい林彪側の思惑があり、その一方で党内No.2となり力を蓄えつつあった林彪の影響力を殺ごうとする毛沢東の狙いがあったことは否定しようがないだろう。

 対米関係を見ると接近へのシグナルが双方から示された。

10月1日の国慶節において、毛沢東は親中派ジャーナリストのエドガー・スノー夫妻を伴って天安門楼上から建国祝賀パレードを眺めている。4日後の10月5日、ニクソン大統領は『Time』誌で中国大陸訪問の希望を明らかにした。12月18日、毛沢東はエドガー・スノーに対し「どのような身分であれ、ニクソンの訪問を歓迎する」ことを語った。

かくして林彪失脚、ニクソン訪中へとつながっていくわけである。

以上を踏まえた上で、70年に出版されたものを読み進もうと思うが、先ずは子供向けの絵本を取り上げたい。そこで書名を記しておく。なお*は連環画である。

『英雄機智的紅小兵』(上海人民出版社) 

『珍宝島英雄賛』(本社美術通訊員編絵 上海人民出版社)*

『夜航石頭沙』(上海港工人業余写作組 上海人民出版社)

『十万個為什麼』(上海人民出版社)

『胸懐朝陽戦冰雹』(上海人民出版社)

『我們是毛主席的紅小兵』(上海人民出版社)

『宋師傅学外語』(上海人民出版社)

『優秀的共産党員 ――陳波』(上海人民出版社)

『為革命読書』(上海人民出版社)

『紅山島』(上海人民出版社)*

『永遠緊握手中槍』(上海人民出版社)*

香港の中国系書店の店頭に並べられた70年出版の子供向読み物はもっと多かったはずであり、であればこそ以上の11冊で断定するわけにはいかないが、文革派のメディア拠点である上海人民出版社は子供向けにもセッセと“紙の爆弾”を製造したと考えられる。《QED》